日本規格協会が2008年版ISO9001(DIS)に関する説明会を行った。DISで提案されている内容を見る限り、現在の2000年版ISO9001と比べ顕著な変更があるとは言えない。したがって、現時点では認証取得企業は、現行の品質マネジメント・システムを大きく変更させる必要はないと考える。以下に、修正点を列挙する。日本規格協会の訳文は無視し、英語原文を独自に解釈した上でのコメントであるいることを認識し参考にされたい。余談ではあるが、日本規格協会での説明に使われた「要点解説」での説明文は、多くの点で間違っていることを指摘したい。なお、過去の事例を考えると、FDISで大きな変更がされることがある。よって、このDISはあくまで参考程度にすることをお勧めする。
序文
条項0.1 一般
国際規格を利用する目的として組織の能力が、顧客および規制要求事項を満たしていることを評価することだとしていたが、これに「法令に定められた要求事項(statutory)」が付け加えられた。また、これらの要求事項は、製品に適用できるものに限定されることが明確にされた。(著者注:たとえば、最近話題になっている製紙業界の問題である再生紙の配合率については、顧客要求事項のみならず法令に定められた要求事項も満たしていないことになる。なぜなら、「製品」に対する要求事項の一つに違反しているからである。)
条項0.4 他のマネジメント・システムとの両立性
この国際規格ISO9001:2008を開発するにあたって、ISO14001:2004との両立性を強く配慮したとのコメントが加えられた。
1.適用範囲
条項1.1 一般
ここでも再び「法令に定められた要求事項」が追加されている。また、備考1(NOTE 1)の内容が修正された。製品実現プロセスによってもたらされた「製品」には「購買品」も含むとされた。備考 2では、法令に定められた要求事項と規制要求事項は、「法的要求事項」と表現されるとしている。
2. 引用規格
基本および用語集の規格として2005年版のISO9000が正式に引用された。
3. 用語および定義
供給者、組織、および顧客の関係を示す文言が削除された。「製品」には「サービス」も含まれることには変わりはない。
4. 品質マネージメント・システム要求事項
条項4.1 一般的要求事項
日本語の「明確にする(identify)」は、英語の「determine」に統一された。意味は同じだが、、「定める」「決定する」の方が理解しやすいと思うがどうだろうか。
アウトソースされたプロセスに関する文言がすこし変更されたが、意図された内容は同じだ。ただ、備考での文言が増え、配慮すべきことがある。備考 2が、アウトソースされたプロセスは、条項7.4 購買にリンクさせることができることを反映させ追加されている。すなわち、外部に委託して購買品として取り扱うことを選択できる。また、備考 3では、アウトソースされたプロセスの管理を確実に行うための管理のタイプを拡大させている。ここでも条項7.4 購買のプロセスを適用して必要な管理を行うことも一つの選択肢としている。
条項4.2 文書化に関する要求事項
条項4.2.1 一般
文言は多少変えられてはいるが、内容は2000年版と同じである。ただ、備考2では、一つの文書にひとつまたは複数の手順書を含めることができるとしている。さらに、一つの手順書で一つ以上の文書を包含させることができるとしている。たとえば、是正処置と予防処置の手順を一つにすることができる。(著者注:このHPで主張しているように、すべての手順書を品質マニュアルにまとめることが正当化された)
条項4.2.3 文書管理
f項で、「外部文書」は品質マネージメント・システムの計画と運用に必要な文書であることが明確になった。それ以外は、2000年版と同じである。
条項4.2.4 記録の管理
文言の長さが大幅に短縮されてはいるが、要求事項は2000年版と同じである。
5 経営者の責任
条項5.5.2 管理責任者
管理責任者は、組織のマネジメントの一員なければならないことが要求事項として追加されている。したがって、社外のコンサルタントが管理責任者となることができた2000年版とは異なる。
6 経営資源の管理
条項6.2.1 一般
2000年版の「製品品質に影響がある要員」が、「製品要求事項に対しての適合性に影響を与える業務を行っている要員」に変更されている。2000年版では、社員ならばほとんどすべての人が対象となると誤解されたことを反省したのだろう。規格文言を修正することによって限定された要員のみの能力を言及している。
条項 6.2.2 能力、訓練および意識
b項では、「適用できる場合には(where applicable)」が追加されたことに注目されたい。2000年版のように何にもかも教育や訓練が必要だとは言っていない。必要に応じて、「必要な能力」を付けさせるように教育や訓練、もしくは「その他の行為」を実施するように要求している。「その他の行為」を幅広く解釈した方がよい。たとえば、単純で簡単な作業ならば現場で口頭説明し、試し作業をやらせるだけでよい。また、c項では、2000年版のように「教育や訓練の有効性を評価する」というような曖昧なことでなく、「能力や技能を確実に取得していることを確かめる」ことを要求している。やはり、教育や訓練を実施したならば、そのあとに問題が生じていないことを確認することが必要となる。
条項 6.3 インフラストラクチャー
支援業務に「情報システム」が追加された。
条項 6.4 作業環境
備考が追加され、作業環境には何が包含されるかが明確になり、騒音、気温、湿度、照明、気候など事例を提示している。日本では、この要求事項に対して大きな障害はないと思うが、発展途上国での海外企業では多くの問題を解決しなければこの要求事項を満たしたことにならないだろう。
7 製品実現
条項7.1 製品実現の計画
c項で、測定が追加されただけで、他は、2000年版と同じである。
条項7.2 顧客関連のプロセス
条項7.2.1 製品に関連する要求事項の明確化
a項がわずかであるが変更された。c項では、「製品に関連する(related)法的要求事項」が、「製品に適用できる(applicable)」に変更された。適用の範囲が狭められたと考える。また、d項では、「組織によって決められた(determined)追加要求事項」は、「組織が必要と考えた(considered necessary)追加要求事項」に変更された。偶然ではあるが皮肉にも現在の日本語版ISO9001:2000の内容「必要と判断する」とほとんど同じである。さらに、「出荷後の活動」に関する備考が追加された。「出荷後の活動」の事例として、保証条項に基づく実施項目、メンテナンスサービスのような契約上の責務、リサイクルあるいは最終廃棄処分のような追加的なサービスを挙げている。
条項7.3 設計・開発
条項7.3.1 設計・開発の計画
備考が追加され、レビュー、検証、および妥当性確認は、ことなる目的をもつ個別の行為・活動であると定義された。ただし、個別に実行することもできるし、いかなる組み合わせで実施してもよい。たとえば、検証と妥当性確認の実施を同時に行うこともできる。
条項7.3.2 設計・開発のインプット
「inputs」,「These inputs」,「The inputs」と最後のインプットは「The」となった。この変更は、英文法上の訂正ではあるが、インプットは自社が決めた内容であれば監査員からとやかくいわれることはないことの根拠として使われたい。英語原文でシステムを構築し活動する場合には意味があるが、日本語ではなんの役には立たないだろう。事実、日本規格協会は、この変更を指摘していない。
条項7.3.3 設計・開発のアウトプット
2000年版での「検証ができるような様式で提示すること」が、「検証に適切な様式であること」に変更された。「provided」が削除され、「that enables」が「suitable」に置き換えられた。実務では設計仕様書などが使われているが、形式にとらわれることなく自由に作成すればよい。さらに、備考が追加された。ここでは、「生産およびサービス提供に関する情報には、製品の保存(preservation)に関する詳細を含めることもできる」としている。したがって、食品などで問題化した賞味期限をどの程度にするかなども製品開発のアウトプット情報となる。
条項7.5.3 識別およびトレーサビリティ
モニタリングと測定に関する製品の状態は、「製品実現」のすべての過程で識別することと明確化された。自動車部品の製造などでは、受注時から現品票が使われているが、これでよい。また、トレーサビリティが要求事項である場合の記録に関する文言がすこし変更されたが、内容は2000年版とまったく同じである。
条項7.5.4 顧客の所有物
顧客の所有物に問題があった場合にそのことを顧客に通知することと記録を維持管理することに関する文言に変更がなされたが、内容は2000年版とまったく同じである。ただし、備考が追加され、知的所有権と個人情報が、顧客の所有物として取り扱うことができるとしている。これは2000年版の作成時にも議論されたことであり今回規格化された。なお、あくまで備考であり要求事項ではないことを指摘する。
条項7.5.5 製品の保存
「製品の適合性(conformity of product)」が「要求事項への適合性を維持するために(in order to maintain conformity torequirements)」に変更された。ただそれだけで、文言の意味は変わらない。注目すべきは、保存に含まれる識別、取扱いなどの文言に「As applicable(適用できるように)」が追加されたことである。したがって、たとえば「識別」など製品によっては適用する必要のない場合には除外できる。
条項7.6 モニタリングおよび測定機器の管理
まず、表題の「機器(devices)」が「equipmant」に変更された。また、冒頭の文言についていた「参照7.2.1」が削除された。ただそれだけで、文言は変わらない。さらに、c項では、「be identified to enable the」が、「have identification in order to dertermine」に変更されている。機器の校正状態を識別することという要求事項であり、内容は変わらない。強いて言うならば、識別するための表示を行うことを明確に要求していることである。注目すべきは、備考の文言だろう。ISO 10012の参照が削除された。その代りに、モニタリングや測定機器に付随するコンピュータソフトウエアについて使用上の問題がないかどうかの確認も必要だろうとしている。ただし、備考であって、要求事項ではない。「configuration management」は、ソフトウエアの「構成管理」を意味する。
8 測定、分析および改善
条項8.2.1 顧客満足
本文の文言は何も変わっていないが、備考が追加された。ただそこで述べられているは、如何にして顧客満足を測るかについてのアイデアを提示しているだけである。たとえば、顧客満足度調査、納入品品質の顧客データ、使用者意見調査、ロスした商売の分析などである。たとえこの備考が追加されたとしても小規模企業が大げさに反応する必要はない。顧客からの苦情と営業担当者の報告をまとめることで対処することも方法のひとつであることには変わりない。これを根拠に悪い監査員が大掛かりな調査を押し付けるようなことがないことを祈る。
条項8.2.2 内部監査
「文書化された手順」に対する文言が書き換えられているが、要求事項は何も変わっていない。日本規格協会によると、「文書化された手順」と記録の確立との明確化のためだそうだ。事実、「監査およびその結果の記録は維持されること(4.2.4参照)」という記録に関する文言が一行書き加えられている。それよりも注目すべきは、被監査部門の管理者の役割に関する文言である。「管理者は、必要な修正(corrections)と是正処置(corrective actions)が遅滞なく実行されること」となった。監査によって指摘を受けた不適合は、被監査部門の管理者の責任のもとにただちに修正し、必要ならば再発防止のための是正処置を講じる責務がある。これも2000年版と変わらないのだが、より明確になったと考える。
日本企業で近年多くの不祥事が発覚しているが、内部監査を真剣に実行し、この文言にあるような対策をとっていれば未然に防げたことであるといつも思っている。内部監査の厳しさを知らない日本企業は、その風土を変える必要があろう。買収されて外国資本の経営者に変わることへの不安はひょっとしたらこんなことにあるのかもしれない。最近まであるNPO法人に所属していたのだが、ここに参加している日本企業を退職した人たちをみていると、法律はもちろん一般常識でも問題だと思われることを平然と行っていた。たとえば、事務所にあるPowerPointのCDを使って会員のパソコンに違法コピーさせる。ISO14001:2004を日本規格協会で一部購入し、そのコピーを複数の会員に配布していた。このDISについても同じことをしているのはないだろうか。また、私のHPにある「統合マネジメント・システム」をダウンロードし、社名を変更しただけで内容は全く同じものを会員に配る。これで「統合マネジメント・システム」のコンサルタントをしようとしている。そこで、私は、このNPO法人の理事長に「ISO9001のシステムを採用したらどうですか」と持ちかけた。「このような法人には不適切だ」との返事だった。この人は、ISO9001のシステムが何たるかも知らず結論付ける。このような組織がISOのコンサルタントをしている。たぶんこのようなことを行っているのはごく一部の日本企業であり、多くの企業は真摯に経営されていると考える。しかし、こんな連中がいることも事実だし、ISO9001を語る資格はないと言いたい。
ところで最後だが、備考の参照規格が変わった。ISO10011に変わりISO 19011が指針となった。この規格は、監査員の資格を厳格に定めている。にもかかわらず、無責任な監査がいまだにまかり通っているのが今日である。
条項8.2.3 プロセスのモニタリングと測定
「製品の適合性を保証するための」という文言が削除された。誤解を招きかねない不必要な文言を削除したということだろう。ところで、モニタリングの方法論に関するずいぶん長い文言の備考が追加された。プロセスのモニタリング(監視という日本語は適切だとは考えない)あるいは測定の方法を決めるにあたって、製品の要求事項だけでなく品質マネジメント・システムの有効性に対するインパクトを考えなさいと言っている。これは重要なことである。過剰な品質管理を間接部門にまで強要するようなことが起こらないように歯止めをかけられたと理解した。「過ぎたるは及ばざる如し」である。何事も度が過ぎるとよくない。
条項8.2.4 製品のモニタリングと測定
製品・サービスの出荷許可に「to the customer」という文言が加えられた。自社倉庫や運送業者の一時預かり倉庫への出荷などは、この要求事項の対象にならなくなった。あくまで顧客への出荷、あるいは顧客へのサービス提供の際にだけ許可を与える行為に限定できることが明確になった。
条項8.3 不適合製品の管理
「文書化された手順」に対する文言が書き換えられているが、要求事項は何も変わっていない。しかも、不適合品の処理に関する文言に「適用できる場合には」が追加された。不適合品の処理には、修理・再加工とか特別採用、廃棄などいろいろある。しかし、いずれにも属さない方法で不適合品を処理することもある。組織の自由度が高められたと考える。とはいえ、不適合品の管理手順を緩めることは、決して認められない。日本では、雪印乳業の事例がありその必要性はいまも変わっていない。
出荷後に発生した不適合品の処置についての要求事項は、d項に移されたが、内容は変わっていない。
以上