入谷・東日暮里
〜再開に向けあてもなく歩く〜
 

■ きっかけはタイトル奪還のついで

 気がつけば、この企画(Tokyo Misc.)はかれこれ1年以上更新していなかった。実はネタ捕りの散策もしていたのだが、どうも書ける状況でもなかった。このまま自然消滅というわけにもいかないし、さりげに最終回だけはネタを決めているので、なんとしても再開せなばならない。

 ということで、今回向かった先は入谷だったりした。動機はというと、2年前の上野桜木で歩いているとあれよあれよと辿り着いたことにある。確か、下町の雰囲気があるところだという記憶があったからだ。ということで、営団半蔵門線押上延長区間乗車のついでに、この場所を選ぶことにした。やはり、『鉄』絡みの動機も絡んでいた。

 入谷駅を降りて、さて台東区入谷を歩こうと地図を確認しながら地上にで、町中を歩いてみた。ところが、ものの5分で終わりかけていた。

 というのも、台東区入谷は僅か300m四方程度の小さなエリアであったのだ。それだけなまだいいのだが、あまりにもひとけもなく、普通(古さも新しさも感じない)な光景しか広がっていなかったのだ。そして、なにかあるかなと歩くと、入谷の地名は、千束に変わっていた。

 千束に入ってもそう光景が変わらない。数少ない発見と言うと、鷲神社程度であり、気がつけば、竜泉という知名に変わっていた。竜泉での発見と言うと、閉校してしまった竜泉中学校程度であった。さらに、駅から離れない方向に歩いていくと、根岸だったり下谷に入っていた。一体、何をさがして散歩しているのかわからなくなった。

 今、地図を確認してみたのだが、ひょっとして入谷界隈の名所と言うと、下谷一丁目と二町目にあるお寺界隈がそうなのかななんて思うが実際はどうなのだろうか。

 




鷲神社

■ まだ咲かぬ桜の先には 〜東日暮里〜

 ということで、入谷界隈をあてもなく歩いていたら、荒川区東日暮里に入っていた。東日暮里一丁目という名の交差点から東に伸びる(この時は南と勘違いしていたのだが)通りを進むことにした。通りには桜並木が続いていた。まだ3/20前後ということもありつぼみではあったが。

 ちなみに、この通りを歩いた時点で考えていたことは、もう一度入谷に戻り、探したいものを再確認するためであった。が、よく見ると、なんとなくではあるが、こっちの方が風情があるように感じてきた。写真こそ撮らなかったのだが、細い路地がありそこでは、遊ぶ子供をはじめ、人がいるんだという雰囲気が流れていた。道路一本、区の境界一本の差でこんなにも変わるのだろうかとさえも思ってしまった。

 そして、その中で個人的に強烈なインパクトのあるものを発見した。古アパートであった。壁の一部が欠け落ち穴も開いている箇所もある。今のも崩れ落ちそうで、安全上に問題がある建物であった。実際に、壁にはボール遊びを禁じる看板があったりした。

 しかし、それよりも心動いたのは、強い生活感の存在であった。人こそ見ていないがそこでは確実に生活が営まれいるようであった。そのことに力強さを感じた。まるで、近年の高層マンションのブームに逆らうかのような存在であった。

 ちなみに、このアパートあとべ調べてみたのだが、一部の東京の建築愛好者で話題になる同潤会鴬谷アパートとも無関係であった。向こうは、東日暮里5丁目であるのに対し、こっちは3丁目。しかも、鴬谷アパートはもう解体されいて存在しない。朝鮮高級学校とだけ記しておく。

 





■ 気がつけば 浅草だった

 根岸を抜け、再び入谷に戻り地図を確認。千束の奥(東側)を進むことにした。別に何か見つけたわけではない。千束五差路を抜け、次の大きな交差点をみて驚いた。屋根付きの歩道に商店街が広がっていた。

 交差点名を見ると浅草3丁目であった。実は浅草のすぐそばだったいうことに今さらながらに気がついたのだ。商店街を抜け、花やしきをかすめウィンズ近くの界隈を歩くと、人の多さと活気に驚くばかりであった。特にウィンズ近くの食堂街は、たまたま G1 の時間帯と重なったせいもあり、見事なまでに歓楽街としていた。次取り上げる場所が一つ決まったかも知れない。

撮影:2003/03/23
執筆:2003/04/18




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