| ■ ちょっとした小京都気分 〜赤塚〜
(話は、story#7『光ケ丘』の続きになります) 光ケ丘公園を抜けて、暫く北東の方面に歩くと、東武東上線下赤塚駅に着いた。駅北側には、赤塚銀座なる商店街があり、ただでさえ狭い路地に、多くの人と駐輪自転車が溢れていてちょっとした賑わいを見せている。さっきまで、高層建築ばかり見てきたので感覚的には相当のギャップを感じている。 ここからは、赤塚中央通りを歩き高島平に向かう。大きくはないものの街路樹がきれいに並び、歩いていて気分がいい。また、道の両側には、黒瓦の屋敷が数軒残っていて、ちょっとした古風な下町情緒を感じる。しかし、これには訳があるようだ。 駅から歩くこと1キロ程、右手に大きなお寺を発見する。『松月院』だ。境内入り口の門には枝垂れ桜の樹があり趣深い光景を演出している。そして、ここから東京小京都ツアーが始まる。 松月院脇の交差点から、赤塚中央通りは東京大仏通りに名を変えていた。大仏?そんなのあったのか?と考えながら進むことにする。ちょっと坂を下ると、左手に松月院よりも大きな寺院が目に入る。乗蓮院である。 石段を上がり桜にまとった門を潜る。どうやら徳川家ゆかりの寺院らしく、門戸には家紋が彫られている。更に石段を上がると境内に入る。そして右手に進むと、この寺院の名所『東京大仏』がある。奈良の大仏(東大寺)や鎌倉の大仏(高徳院)に比べると半分位 の大きさであるが、蓮の上に禅を組みし姿はやはり厳かだ。 このあたりは赤塚城という城跡がある地らしく、松月院や東京大仏だけではなく、不動の滝・植物園・美術館・郷土資料館等が存在し、ちょっとした憩いの場になっている。また、今歩いている、赤塚中央通 り〜東京大仏通りは、武蔵野散歩道(名前失念)の一つらしく、石神井〜光ケ丘〜高島平というルートだそうな。自分が見つけたルートだと思っただけに、ちょっと残念。 真ん中に釣り池がある赤塚公園まで歩くと、左手に首都高5号線が見えてきた。防音壁が小京都気分を区切るかの様に立ちはだかる。 P.S.こんなのもありました
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![]() 松月院 |
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![]() 3枚とも乗蓮院 |
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■ 再び団地街へ 〜高島平〜 首都高を潜ると町名は高島平に変わる。住宅街をくぐり抜けると、また別 の高架橋が見えてきた。都営三田線である。やがて、西高島平駅を発見する。なんとも無味で無骨な高架駅だ。ちなみに同駅は東急目黒線乗り入れ準備でホームドアが設置されていた。 二駅先の高島平駅で下車し、再び団地街を散策してみる。高島平団地街は光ケ丘に比べると、整然と団地が並んでいるなあという感じだ。 また、やはり建物は古めかしさが隠しきれない。 そして、驚いたのはほとんどの建物の3階以上の通路側に、頑丈な鉄格子が設置されていること。どう見ても後から設置されたみたいだ。やはり飛び降り対策なんだろう。 大きな違いは一階にあった。商店街がありちょっとした市場の様な雰囲気がある。光ケ丘はダイエー等のスーパー、ショッピングモールであったが、このあたりは時代の違いなんだろう。利用客も年配の方が多く、入居者の世代が分るというもの。 新高島平方面に歩いている途中、もう一つ発見したことがある。それは、『団地には個人宅の玄関の存在もなければ建物としての玄関もない』ということ。とっくの昔に気がついてもよかったのだけど、こののっぺらぼうさが、自分の中に存在し続けた団地に対するネガティブなイメージの源であろう。少なくとも、最近のマンションはセキュリティ対策とはいえ、建物としての玄関はあるし、アパートは小さい分個人宅の玄関の存在感は比較的あるわけだ。 光ケ丘・高島平と歩いて、分ったことは『玄関』の持つ意味だったのかもしれない。
撮影:2000/04/22 |
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