虚空をあおがなかったものたちの話しをはじめる。彼には翼があるのだ。彼らは前近代の処女膜から流れる血と大地の声を聞いていたのだ。ノヴァーリスはその声をこのように描写した。偉大なる生命の力は至るところに花開き、実を結ぶ。万物は調和し、結び合わなければならない。人間、植物、動物、鉱物、体・・・は一つの家族として出会う。それらは一つの種として行動し、話しを交わす。ものみな互いを通じて栄えあい、実り与えあわんことを。 これはディオニュソスの宴の声なのであろうか。ばらばらで、死んで、生気のないものが再び生を取り戻したときのあの祭儀の感情なのだろうか。デカルトの自覚の明晰は明晰でありうるほど、皮肉なことにノヴァーリスの聴く「一切のものの源泉であるあの原初」の感情は輝きを増す。それは単なる主観的な感情ではなく、宙的な次元まで高められた感情である。感情とは刻々と生成し消滅する光と闇の織りなす音楽である。その音楽のもとで一切の被造物は混じりあい、親密に結びつく。自然と技術、地上と天上、理性と悲理性、自己と会、精神と物質(身体)、生と死、人間と神、獣と人間はここにおいて、一切のものの源泉であるあの原初・アルカディアの元で統一し融合する。それは近代政治学がもとめた秩序と階層の理想郷ではなく、フーリエやサドが求めた快楽善から調和にいたるユートピアでもない。我々はアルカディアを的確に定義することはできい。それは我々の心のなかにある愛という力の源泉の象徴であると考えられる。ロマン主義がはぐくんだこの愛という力は万物を有機的に結びつける。そこには孤立の内に留まるものはいない。孤立とは事物の固定化であり、解体による無機化である。事物が流転するときそこにエネルギーうまれ万物は生命をあたえられ有機的な繋がりあらわす。万物は流転する、それはロマン主義の宇宙的感情の音楽が刻々と流転するように、万物は流転する。万物のメタモルフォーゼは感情のメタモルフォーゼである。 ロマン主義は唯物論と実証科学の興隆により地下へ埋没する、しかしその流脈は堪えることなく再び20世紀初頭の表現主義により再び地上へ流れ始める。ルドルフ・シュタイナーは1861年クラリユビュック(ユーゴスラビア領)に生まれる。ウーィン時代(1879-90)ゲーテの研究を行うが、それはシュタイナーの哲学の核となるものであった。動植物の普遍的全体像「原型」から、多種多様な種のメタモルフォーゼを繰り返す自然観をシュタイナーはゲーテから把握するになる。その時代におけるシュタイナーの学問領域はフィヒテ・ヘーゲルをはじめとしたドイツ観念論哲学から、熱力学、美学、教育学、文学と徹底した領域の広さ示していく。一種の近代オカルティストとしてのみが強調されているが、シュタイナーの学問おける造詣の深さを無視することはできない。1886年に出版された「ゲーテ的自然界の認識論要綱」は後の人智学の思想にもつながる概念を現している。 精神によって感性を克服することが芸術と科学の目標である。科学は感性を完全に精神化することで感性を克服する。芸術は感性に精神を移植することで感性を克服する。科学は感性を通して理念を眺め、芸術は感性の中に理念を見る。*3ここでいう感性とは外界の形態を意味する。これは唯物論と観念論の結合の方法を意味している。科学と芸術は精神により一つの場所で融合する。科学は外界の形態という可視なものから理念をさがす。芸術は外界の形態の内なるもの(不可視のもの)のなかに理念見る。科学と芸術の折り合いがわるければ理念は一致することはない。第三のもの精神がその折り合いを調節する。科学は精神という力をもって外界に生命を与えるこで、芸術は外界に精神という力でもって生命を移植することで両者は理念の一致を見る。人智学における思想はロマン主義で述べた愛の力を源泉としている。その力は万物を有機的に結びつける。万物は生命をおびメタモルフォーゼを繰り返す。 ベルリン時代(1897-1920)にシュタイナーは神智学ドイツ支部で講義を繰り返し行うことになるが、その聴講者の一人にカンディンスキーがいた。1911年の「ブラウエ・ライター(青い騎士)」において地下の埋没したいたように見えたロマン主義の流脈はシュタイナーとカンディンスキーの力により再び地上の光を浴びることになる。それは表現主義の始まりであった。 1913年、シュタイナーは人智学を創設し、スイス・ドルナッハに人智学の都「ゲーテアムス」▲7建設に着行する。「建築は人の知らざる一面を持つシュタイナー建築のその理念は自然を模倣するという意味において、コルビュジェの模倣とは大きく異なっていた。自然を可視的に模倣することと、自然の背後にある名伏し難い不可視を模倣する。この大きな違いはキュビズム―ピュリズム的模倣とロマン主義―表現主義的模倣の決定的ちがいでもあった。表現主義においもロマン主義同様に、すべてものはアルカディアの原初の住居へ有機的につながり、一形態に留まることなくメタモフォーゼを繰り返していく。その模倣は自然から無機的な幾何学的造形要素を抽質するという模倣ではなく、自然の生をおびた根源を生きたまま抽出する模倣であった。1920年、ゲーテアムスは完成し人智学教育の活動が始まる1922年木造建築を主体とした火災によって焼失する。第二次ゲーテアムスは大幅な設計変更を余儀なくさせ1925年に完成する。シュタイナーはその完成をみることはなかった。
サヴォア邸▲8は角を真ん中にみすてえて眺めるとそれは草原なかに浮かぶ船舶のようである。俯瞰していくとそれは海原で仕事をする石油発掘船を思わせる。そして正面から見つめるとレイ・ブラッドヴェリー作「火星年代記」にでてきた家主のいない火星人文明の幾何学建築をおもわせる。そのいずれにも共通するのは無駄を極限にまではぶいた徹底した機能構成である。徹底した機能構成は機能美をうみだす。それはFー1(フォミュラー1)の空気力学を神髄にまでに計算してうみだしたあのフォルムを想起すればよい。現代のイコンを徹底した機能構成でまとめあげたあの美しさを。それはコルビュジェ的にいえば「走り、戦闘するための機械である」。そしてさらに共通するのはそこに生活を営む気配が消失しているということである。建築とは生活空間を宿命づけられる意味において我々の皮膜のようなものである。それは意識拡張の皮膜でもあり、われわれの内なる皮膜でもある。その皮膜が幾何学の配列にされられた時我々はそこでなにを語るのだろうか。 ブレードランナー(リドリー・スコット)のレプリカントは4年という寿命のなかでその人工器官を人工皮膚という皮膜でおおいつくしていた。しかし彼らはなぜ生まれてきたのか、なぜ死ななくてはならないかを自ら問うた時、それはメカニカルな人間の被造物が神の概念を直接といつめる瞬間でもあった。彼らはまったく人間と同じであった。 このサヴォア邸に人をイメージしてみればいい。人と建築の関係はどのように見えるかこの建築にどのようにすれば溶け込むのだろうか。それは機能する人でもなく、踊るひとでもなく恋を語らう人でもなく、直立して無表情な人の姿でもない。それを最も象徴する人の姿を描いた絵がある。それはリューゲル「怠け者のユートピア」▲9の絵である。ブルジョア的退廃の人の姿を配置したときこの建築と人が溶け込んでくるのは何故だろうか。それはこの建築の持つ、厳格な機能美と知性と清澄さにある。ここに魂を吹き込むとすれば行き先を失った人工楽園のなかで、飽食し肥大した人の姿である。機能が人間を蝕み、知性を退落させ、生命を見失った虚無な姿である。
ハイツハウス(1915)▲10はその資料の乏しさからそれが具体的にどのよう居住性を求められて建築されたか、その居住内部がどのように設計されているか検証できない。ゲーテアムスを取り囲むようにして建てられた衛星的役割をもつシュタイナー建築の一つである。そのフォルムは女性の体を強く意識させる。その意識作用は見る者に生命の無限性を伝えてくる。目動きにあわせるかのようにその造形のフォルムは刻々と意識を変化させる。我々はその意識を二度と再現できない。見るたびにその生命は違う何かを伝えてくる。建物そのものが生きているように、生命の鼓動を伝えてくる。「人の知られざる一面」とは このことを言うのであろうか。サヴォア邸でこころみたような人イメージをここに抽質する必要はもはやない。ハイツハウスにおいて人がいてもいなくても、それはどちらでもよいのだ。建物の生命のなかに人がいて、或いは川が流れていて、万物のすがたがそこからあふれでてくる。ギリシアの地母神ガイアでも、アプオーディアでも、異国の神々でもそれはもはや意味をなさない。その建築は我々の言葉すら意味を消失させる。言葉はもはや必要はないのだ、その音に感じるだけなのだ。 |
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