
モダニズムは我々をある種の檻の中に閉じこめようとする。その檻が拘束すればするほど、そこから解放されようとする力はいっそう強まる。18世紀末から20世紀初頭における歴史観の劇的な変化は、近代自我の自覚史であると同様に,近代自我から抜けだしていく精神衝動における自覚史でもあった。デカルトにおける近代自我のフレーム(コギト・エルゴ・スム)と機械論による精神と物質(身体)の離反は世界を機械論モデルに変える画期的な役割をになった。デカルトの自覚の明晰さは、明晰でありうるほどそれは自我をりっぱに埋没してきたといえる。世界、人間、理性、観念、物質、歴史、社会ここに自我を発見したという近代の驚くき誤算。客観と合理と分析の走査線によりモデリングされた世界観の謳歌は、自己への無限の離別の悲歌であったのかもしれない。 現代はその走査線が最も高度に張りめぐらされているといえる。我々は見えない走査線の網のなかで、あるいはその走査線の檻のなかで、天から確実に切り放された地上という重力の重みに跪く。フィリツ=ラン「メトロポリス」(1926)におけるバベルの神話を解く地下世界のマリアにたいして、現代のバベルを想起させる地上の巨大な摩天楼は、人はかって天使であったという重力からの離脱を希求する、翼のない人間の天を希求する象徴であったのだろうか。翼をもつ者は摩天楼を必要としない。メトロポリスから70年後、現代のイコンというべき摩天楼を、我々はもはや未来派的な知覚のユートピアをもってそれを眺めたりはしない。 20世紀の終わりに我々はそのユートピアをすでに手にしてしまったかのようにそれを風景として見つめているのだ。現代のイコンを最もふさわしい資本という絶対的なエネルギーと機能と機能美を体現した幾何学的なあの姿を。
ル・コルビュジェはモダニズム建築について的確な比喩をもちいた。「建築とは住むための機械である」と。その警句はモダニズム建築の本質をあまりにも的確についているが故に、おそらくモダニズムの精神の本質をもついているといえる。「人は生産するための機械である」とあるいは「人は生きるための機械である」と。機械とは一斉に作動する複数の部品で組立てられた道具である。なんの為に作動するか個々の歯車はもはや自らを問うことはできない。それを問いつめた時、一斉の作動は止まりその主原因である部品は、機能せざるもの(役にたたない者)として烙印をおされる。モダニズム精神が最も畏れているのはこの烙印である。 20世紀におけるキュビズム、それは多視覚(視点の移動・大衆というまなざし)の幾何学的的空間分(自然からの決定的離脱)の始まりあった。それは前近代的な処女膜を幾何学のオジェで突き破る儀式でもあった。今世紀われわれを鉄格子ように取り囲む幾何学的オブジェはその儀式をもはや忘れ果て、破られた皮膜から流れる血を見つめようとはしなかった。皮膜から大地に流れる血が物質(身体)から流れる生命であるということを見つめようとはしなかった。彼らは翼のない人間とおなじように虚空を仰いでいたのだろうかキュビズムの走査線は未来派にいたり光をも分析し解体し始める。バッラの描く「スピードを出す自動車」は我々をどこかに導いてくれる現代のイコン自動車が光のなかで乱舞し、溶け込みもはやそのイコンの原型解体し新しい時間と新しい空間のなかで再び生成しはじめる。現代のイコン(大都市、工業、機械、自動車、飛行機、船舶)をちりばめた、新しい知覚のダイナミズムと機能と機能美の崇拝、それは20世紀初頭におけ精神における産業革命であったといえる。 コルビュジェの参加したピュリズムもキュビズムの手法を継承している。ピュリズムは 客観性をさらに高め、数学的秩序と正確さを強調した。使われるモチーフはカフェ・テーブル・アトリエ・工場からひきだされる大量生産品が中心となった。 コルビュジェ「エスリ・ヌーヴォ館の静物」▲1ほとんどメカニカルともいえるそのモチーフの空間配置は機械時代にふさわしい機能美の幾何学的形態を現している。縦の動線を中心にまとられた構成は大都市における摩天楼群を想起させる。 ル・コルビュジェは1887年スイスのラ・ショー・フォンに時計職人の息子として生まれる。コルビュジェが建築言語を完成させていったのはピュリズム時代(1920年代)のパリにおいてである。「近代建築の5原則」▲2としてまとめらせた建築言語は工業文明の要求に適応する言語であった。その5原則はコルビュジェの後期建築に至るまで貫かれた原則というだけでなく、モダニズム建築の本質を的確にとらえた原則である。よって理論的に検討してみたい。「近代建築の5原則」とはピロティ、屋上庭園、自由な平面、自由な立面、水平連続窓を示す。ピロティはコルビュジェの建築において最も中心的な要素である。ピロティにより建物を地面から持ち上げて下部に交通の通り抜けを可能にするこの原則は、機械化された交通手段と建築の機能的な関係を意味している。下部は交通の通り抜けだけでなく、自動車から直接に建築にアプローチすることを可能にする。コルビュジェはピロティの原則を建築だけでなく都市計画の領域においても考えていた。「300万人のための現代都市」▲3(1922)は地上180メートルのガラス張りの24棟の高層ビルはピロティにより持ち上げれ、その下部に都市の人工的緑地帯が出現する。 コルビュジェは「建築をめざして」において「パルテノンと自動車」▲4をフォトモンタージュとして同じページに紹介している。 パルテノンと自動車を見せて、この二つが異なる分野の淘汰の産物であることをはっきりとさせみる。ひとつは頂点に達したもの、もうひとつは発達中のものとして。 これは自動車を豊かなものにする。われわれは家や偉大な建築物への挑戦として自動車を用いる方法が残されている。コルビュジェは発達途上の自動車の機能美を建築にたとえてをパルテノンを頂点に達した美に高めようとする。発展途上の機能美の塊はやがて美の頂点であるパルテノンの柱にというピロティをくぐり抜けていくことになる。 屋上庭園は翼のない人間のユートピアの象徴であろうか。或いは自然との離反にたいする嘆きの楽園なのだろうか。都市の招かれた人工的な自然を俯瞰したとき、それが極めて幾何学的なピュリズムの素材であることを想起させる。地上から遊離し地上を消失した人工的楽園、それはもはやE・ノルデ「夜明け前」(1916)▲5に描かれた根源をあらわす自然の姿を失っている。モダニズム建築におけるユートピアの衝動はバベルの再来を思わすほど神の領域を消失している。建築の最上部は天を指し示すという意味において神の領域である。神の頬にふれる場所をもモダニズム建築はつくりかえていく。 自由な平面、自由な立面はピュリズムの空間配置である機能美の幾何学的形態を意味する。ここで言う自由とは機能を前提とした自由である。コルビュジェは建築を客船に例えている。海洋を移動する客船は、機能を追求した厳格な空間配置を求められる。海に浮かぶホテルはホテルであると同時に航海するための機械としての役目を帯びる。客室、乗務員室、ブリッジ、機関室、食堂、デッキ、それらの必然的に機能と機能の関係性という空間配置を余儀なくさせる。それはピュリズムの先入観とも、建築を住むための機械と定義したコルビュジェの先入観とも一致するものである。ここにおいて眺望、気候、プライバシー、構成を機能を前提にいかなる種類にも必要に応じて配置することが可能となる。 水平連続窓、それはキュビズム―ピュリズムの視点の移動という、ルネサンス的遠近法(単視点)からの離脱の象徴である。水平連続窓による効果は、複数の中心をうみだすだけでなくコルビュジェがサヴォア邸(1928)▲6で構想したプロムナードと密接に関係している。時間の変化と視点の移動なかで建物の表情はさまざまに姿を変えていく。天候や光線の変化により生成する影、形、奥行の変化と動点の変化により生成する意識変化はサヴォア邸において最も核となる構想であった。プロムナード=遊歩道とは光をオブジェが織りなす音楽である。ピュリズム絵画は未来派ほど光のプロムナードを高めてはいない。しかし、コルビュジェの構想した水平連続窓がプロムナードという構想に結びついていることを確認したときそれはピュリズムの最たる勝利であったのかもしれない。 建築とは矛盾した産物である。建築が材料と構造と機能を捨てたとき居住性を失う。建築はモニュメントでもなくアッサンブラージュでもない。だが建築は材料と構造と機能のみで構成されない。「建築は人の知らざる一面を持つ」、シュタイナーはこう語ったときそれは単なる現実の諸条件の対応のなかでつくられていくが、決して客観化できないあるものを意味しているのではなかった。その衝動はコルビュジェを含め、モダニズム建築の衝動とはおおきくかけはなれたものだった。コルビュジェの古代ギリシアと機能と機能美の錬金術、それが我々のなかに内在するモダニズム精神つくりだしたものだということを認めたとき、我々はあらてめて模倣というものの意義を問わなければならない。近代の呪われた宿命、自然から生命を廃棄しながら自然を模倣するその意義を。 (-次ページへ続く-) |
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