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この壁画は、いったい何の絵なのか。今となってはわかりません。そもそも、この絵も本当は、人目に付くところにはありません。
東成田駅は、かつて成田空港駅として誕生し、ここから乗客は、連絡バスで成田空港に移動していました。
しかしいうまでもなく、1991年に現・成田空港駅ができた時点で、この駅の存在理由の大半は失われ、(加えて空港第2ビル駅からも、地下通路徒歩500mしか離れていない。)この壁画は、機能を停止したコンコース共々、仕切で仕切られた向こう側に取り残されました。
(この写真は、天井側の壁が切れているところから撮ったものですが、警察官常駐のこの駅のこと。もし見つかったら職務質問確定でした。余談ながら、東成田駅舎は、撮影しようとしたところで、制止されてしまいました。)
赤い靴の女の子は、青い目になって異人さんのお国にいることはなかったそうです。
童謡作家・野口雨情氏が、「赤い靴の女の子」のお母さんから、「娘をアメリカ人の宣教師さんの所へ養子に出した。いまは、アメリカで幸せに暮らしてるだろう。」と、いう話を聞いたのが、「赤い靴」の元になったそうです。
ところが、その女の子は、病気になりアメリカには渡れず、麻布十番にあった孤児院で亡くなったそうな・・・・。
この像は、麻布十番商店街にあります。一体、この像の見ているのは、何なんでしょうか?お母さん、宣教師さん、見たこともないアメリカ・・・・?
川越線自体が、戦争時の首都防衛&物資輸送用に作られた軍事線です。(そのあおりで、先に大宮〜川越を結んでいた、旧西武鉄道大宮線が廃止に追い込まれました。また、川越線のおかげで、荒川鉄橋の川越側にある寺と墓地が分断されてしまいました。)
また、この駅は、かつてこのあたりにあった飛行場の関係で、VIP専用口まで作られている変わった構造であることは前にも記しましたが・・・・。(他にも、引き揚げ線の跡があったりとか、このホームだけ異様に凝った屋根がかけられているとか、変わった駅ではあります。)
文化新聞社という地元のタブロイド紙によれば、この鉄板には、実は下があって、それは防空壕になっているそうです。もちろんこの駅が空襲にあったとしても、この中に入ることになるであろう人は、間違っても一般乗客ではなかったのでしょうね。
(憶測ですが。)
仏子駅から少し歩いた所に保育園があるのですが、そこでは旧・丸の内線電車が、保管されていました。
(番号部分は消されていましたが、かなり状態よく保たれているようです。)
パブリックアートに凝りまくってる大江戸線の中でも、これは結構凝っているほうでしょう。
この絵のスポンサーが「トリトンスクエア」のためか、真ん中で一番目立ってるのが、トリトン何だそうですが・・・・しまった・・・・マーメイド(人魚姫)と勘違いしてたぞ・・・・。
(トリトンは、海神ポセイドンの息子です。)
大江戸線は最後発の地下鉄だけあってか、乗り換えの出来る駅は多いものの、乗り換えまでの行程が複雑な駅もまた多いということで、この冊子を作ったそうです。
ただし、数が少なく配布してるのは「駅長室」です。
しかし、改めて見ると、中にはすごい乗り換え時間の駅も・・・・(麻布十番駅の南北線乗り換え所要時間、8分って、一体??)

クリスマス=エクスプレスキャンペーンが、復活しました。そのためか、東京駅にリースが登場しました。
(8年前と言えば、ようやくのぞみがデビューした頃になりますか。そういえば、初代&2代ヒロインの深津絵里&牧瀬里穂の時、タイトルバックで走っていたのは、たしか100系でしたし、牧瀬里穂もあのCM当時は、確か19歳だったはずですし・・・・歳も取るわけだわな・・・・。)