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竹下通りへ向かう若者も、これには気がつくまい。もっとも、私が気がついたのも、このHPを作ってからだから、威張れたものでもないか。
駅名表示板と車をごまかせば、「イギリスの洋館」と、いっても信じて疑わない?。
建てられたのは大正13年(1924年)。関東大震災復興で、アメリカから輸入された材木を使ったそうです。
さて問題です。右と左、どっちが本当の出入り口でしょう・・・、と記すまでもありませんね。(右です)
左は何かというと、VIP専用口だったのです。
川越線の建設目的の中には、今の日高市にあった飛行場への物資輸送というのがありました。さらには観閲式などで飛行場に臨席する際に使われたものです。
ただし、終戦とともに、飛行場はなくなってしまいましたので、二度とこの出入り口が使われることはないでしょう。そして宅地化が進んでいて、この駅では手狭になりつつあり、立て替えられ計画が浮上しました。
「みょうかく」駅と読みます。埼玉県の八高線・都幾川村にある駅です。元々はよくある典型的な田舎の(失礼)駅だったのですが、火災に遭い、平成元年に立て替えられたものです。
元々西川材と呼ばれる材木の産地で、建具で知られたところだったため、ログハウス風になってしまいました。埼玉県の景観賞にも選ばれてます。
ここのもう一つの名物は、「桜の木」でしょうか。開花の時期にはものすごく絵になります。(が、同時にものすごい人が押し寄せるそうな)
埼玉・深谷に東京駅!? 96年7月に完成した新駅舎です。
実は深谷は煉瓦工場があり、その煉瓦は東京駅にも使用されたといいます。いわば「東京駅の煉瓦のふるさと」です。
その縁で、「東京駅よりも東京駅らしい」駅を作ってしまったのです。
(屋根のドームは、戦災で失われた東京駅のそれをモデルにしています)
現在、駅付近を「煉瓦を生かした街づくり」ということで、煉瓦タイルを外壁に使用しているビルも少なくありません。
架線柱の飾りも東京駅のそれを模しています。 (左が深谷・右が東京)
もはや、駅の横綱。煉瓦建築といえば東京駅、ともいえましょう。(何しろ、京葉線ホーム連絡通路には、煉瓦を模したタイルが貼られているくらいですから)
正面の「東京駅」と彫り込まれた石版には、記念撮影の人が絶えませんでした。
惜しむらくは、やはり、一望するポイントがないことです。
なお、今の姿は戦災で壊れた駅舎を資金不足の中、復活させたものです。
左の写真は、戦前に作られた絵はがきの転載です。
左右の屋根の形(ドームがある)、両翼の階数(元々3階建てだったのを、2階建てに応急修理した)が、今と違っています。