
最新シンセサイザーを備えたスタジオの東海林修
数年前,3Dサウンドを再生する4チャンネル,4スピーカーシステムが盛んに話題になった。
オーディオ機器メーカーやレコード製作会社は,「流行遅れのステレオセットとレコード」の代わるものとして
4スピーカーシステムと4チャンネルレコードを宣伝した。
だが,多くのオーディオファンには4つのスピーカーを置けるような広い部屋がないので,
予測されたブームには至らず,4チャンネルシステムも忘れられた。
しかし,このたび東海林修がプロデュースしたフィリップス・レーベルレコードでは,
シンセサイザーと,福田周叶により発明され供給されたスペースサイザー360を使い,
付属品や調整などの必要もなく普通のステレオで3Dサウンドが聞くことができる。
人気漫画をサウンド化した「ゴルゴ13」(3/25), 「サバイバル」(4/25),「多羅尾伴内」(6/25)に続き,
8月25日にリリースされた「夜間飛行」がそれである。
「ゴルゴ13」の冒頭爆発のシーンは,耳を疑う。
普通のステレオレコードで再生しているのに,頭上を飛ぶヘリコプターの音や,背後から声が聞こえるのだ。
これが2つのチャンネルだけで可能になった。
ヘッドフォンをしなくても,3Dサウンドを楽しむことができるようになった。
この新しい録音システムを可能にしたのが,福田周叶が私財を投じて10年の研究開発の末発明した
「スペース・サイザー360」である。
福田は何年も東京新宿のジャズ喫茶のディスク・ジョッキーをしていたが,
4チャンネルシステムやそれによる「サラウンド・サウンド」に深い興味を持っていた。
福田はさまざまなエンコーダーやデコーダーをデザインし,
続いて2つのスピーカーだけで「サラウンド・サウンド」を作り出す研究に移った。
福田は1969年から研究をはじめ,1972年に基本理論の概略を完成させ,
具体化には資金が必要だったが「スピーカーのないところから音など聞こえるものか」と,
スポンサーの名乗りなどどこからもあがらなかった。
スペースサイザーを完成させるには,かなりの年月がかかったため,
福田に投資した人の中には,彼をペテン師呼ばわりして,金を返すように要求する者も出てくる始末。
だが福田は,金銭的,技術的,両方の困難を克服し,ついに成功にいたる。
福田は言う。
「『夜間飛行』に使われたスペースサイザー360コンポーザーは2台目で,
幅180mm,深さ280mm,高さ70mmの赤いボックスにはいっています。
黒いボックスの中味は,40のトランジスタでできた核と,3つの特別なICです。」
「調整用の部品はなく,コントロールシステムの移動にはジョイ・スティックがついているため,
操作も簡単です。特別な技術が必要ないので,音場のデザインに集中できます。
リスナーの前後,上,両サイドにも,音をもっていくことができます。」
「さらに,マイクを4本,スペースサイザー360コンポーザーの入力ラインに接続すれば,
4チャンネル対応の3Dサウンドを再生することもできます。
それはシンセサイザー音楽だけではなく,自然の音,鳥のさえずりや波や雷鳴にも有効です。」
東海林は「夜間飛行」の製作を可能にした福田の「スペースサイザー360」に信頼を寄せている。
このアルバムのライナーノーツに,収録されている10曲についての所感を述べており
「きっと想いも依らぬ別世界を皆さんは感じ取られるかもしれません」と指摘している。
アルバムは,空港からの一番機という意味の「アーリィ・バード」から始まる。
二曲目は「フライト#001」,パンナムの世界一周のフライトの名前をとった長い曲である。
A面,その他の曲は「貿易風」,「南の島の飛行場」,「ナイト・フライト」。
東海林はこの「ナイト・フライト」を,夜の機内にいるさまざまな世界の人々をイメージして作曲したという。
B面には「サザン・クロス」「トランジット・パッセンジャー」「シルバー・ウイングス」のほか,
「見知らぬ友人からの手紙」と「パブ・カサブランカ」というユニークなタイトルの二曲が収録されている。
このシンセサイザーとスペースサイザー360コンポーザーにより,
東海林がどんな新しい世界を見つけるか,楽しみである。アサヒイブニングニュース 1979年8月31日
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