第二巻 : 我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて

2000年4月16日(日)更新


原文: 吾勢■乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之

作者: 大伯皇女(おおくのひめみこ)

よみ: 我が背子(せこ)を、大和へ遣(や)ると、さ夜(よ)更(ふ)けて、暁(あかとき)露(つゆ)に、我れ立ち濡れし

意味: 私の弟を、大和へやってしまうのを見送ろうとしていると、夜も更け、明け方の露(つゆ)に濡れてしまいました。。。。

朱鳥(あけみとり)元年(686)9月9日に天武天皇が亡くなった後、謀反(むほん)の疑いをかけられると感じた大津皇子(おおつのみこ)は大和から、姉の大伯皇女(おおくのひめみこ)に会いに来ました。大伯皇女(おおくのひめみこ)は彼を大和に帰らせるしかなく、弟の運命を感じつつ朝露に濡れ見送ったことでしょう。

大和に戻った大津皇子(おおつのみこ)は、10月2日に捕らわれ、翌日自害させられました・・・

イラスト by ひろさま

この歌の題詞には以下のように書かれています。

大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌: 大津皇子(おおつのみこ)、竊(ひそ)かに、伊勢神宮に下(くだ)りて、上(のぼ)り来たりし時に、大伯皇女(おおくのひめみこ)の御作歌(みうた)


第二巻