遣唐使(けんとうし)

遣唐使船 イラスト by 名倉エリさま

遣唐使(けんとうし)は日本が唐に派遣した使節(しせつ)のことです。舒明(じょめい)2年(西暦630年)の犬上御田鍬(いぬかみのみたすき)を大使としたものをはじめとして、寛平(かんぴょう)6年(西暦894年)に菅原道真(すがわらのみちざね)の建白(けんぱく)によって廃止されるまで続けられました。

遣唐使(けんとうし)を詠んだ歌

万葉集には、天平5年(西暦733年)の多治比広成を大使としたものと天平勝宝4年(西暦752年)の藤原清河を大使とした遣唐使にかかわる歌が載っています。

天平5年のものでは、多治比広成は戻ってきましたが、ほとんどの人たちが難破により日本の地を踏むことができなかったということです。

天平勝宝4年のものは、藤原清河は唐で生涯を終え、日本に戻ってくることはありませんでしたが、帰国時に副使船に同乗した鑑真が来日したことで知られています。

0894: 神代より言ひ伝て来らくそらみつ大和の国は皇神の.......(長歌)

0895: 大伴の御津の松原かき掃きて我れ立ち待たむ早帰りませ

0896: 難波津に御船泊てぬと聞こえ来ば紐解き放けて立ち走りせむ

1453: 玉たすき懸けぬ時なく息の緒に我が思ふ君は.......(長歌)

1454: 波の上ゆ見ゆる小島の雲隠りあな息づかし相別れなば

1455: たまきはる命に向ひ恋ひむゆは君が御船の楫柄にもが

1784: 海神のいづれの神を祈らばか行くさも来さも船の早けむ

1790: 秋萩を妻どふ鹿こそ独り子に子持てりといへ.......(長歌)

1791: 旅人の宿りせむ野に霜降らば我が子羽ぐくめ天の鶴群

3253: 葦原の瑞穂の国は神ながら言挙げせぬ国しかれども.......(長歌)

3254: 磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ

4240: 大船に真楫しじ貫きこの我子を唐国へ遣る斎へ神たち

4241: 春日野に斎く三諸の梅の花栄えてあり待て帰りくるまで

4242: 天雲の行き帰りなむものゆゑに思ひぞ我がする別れ悲しみ

4243: 住吉に斎く祝が神言と行くとも来とも船は早けむ

4244: あらたまの年の緒長く我が思へる子らに恋ふべき月近づきぬ

4245: そらみつ大和の国あをによし奈良の都ゆ.......(長歌)

4246: 沖つ波辺波な越しそ君が船漕ぎ帰り来て津に泊つるまで

4247: 天雲のそきへの極み我が思へる君に別れむ日近くなりぬ

4262: 唐国に行き足らはして帰り来むますら健男に御酒奉る

4263: 櫛も見じ屋内も掃かじ草枕旅行く君を斎ふと思ひて

4264: そらみつ大和の国は水の上は地行くごとく船の上は.......(長歌)

4265: 四つの船早帰り来としらか付け我が裳の裾に斎ひて待たむ

補足

更新日: 2015年10月25日(日)