万葉集:高市皇子(たけちのみこ)

平成11年3月14日(日)更新


天武天皇の長男です。天武元年(672)の壬申(じんしん)の乱で最も活躍した人です。

30歳くらいで、天智天皇の娘さんである御名部皇女(みなべのひめみこ)と結婚し、長屋王(ながやおう)と鈴鹿王の二人の子をもうけました。

持統4年(690)、太政大臣となります。

額田王(ぬかたのおおきみ)の娘さんである十市皇女(とをちのひめみこ)が亡くなったときに、悲しんで作った歌が三首あります。高市皇子にとって十市皇女は非常に大きな存在だったように思われますね。

0156: 三諸の神の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き

0157: 三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき

0158: 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく


持統10年(696)、43歳で亡くなりますが、その時、柿本人麻呂が万葉集中でもっとも長い歌(挽歌)を詠んでいます。

0199: かけまくもゆゆしきかも言はまくもあやにかしこき.......(長歌)


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