原文

撮影 by きょう

八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 神長柄 神佐備世須<等> 太敷為 京乎置而 隠口乃 泊瀬山者 真木立 荒山道乎 石根 禁樹押靡 坂鳥乃 朝越座而 玉限 夕去来者 三雪落 阿騎乃大野尓 旗須為寸 四能乎押靡 草枕 多日夜取世須 古昔念而

作者

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)

よみ

撮影 by きょう

やすみしし、我が大君(おおきみ)、高(たか)照らす、日の皇子、神ながら、神さびせすと、太(ふと)敷かす、都を置きて、隠口(こもりく)の、初瀬の山は、真木(まき)立つ、荒き山道を、岩が根、禁樹(さへき)押しなべ、坂鳥(さかとり)の、朝越えまして、玉(たま)限(かぎ)る、夕(ゆう)去(さ)り来れば、み雪降る、安騎(あき)の大野に、旗すすき小竹(しの)を押しなべ、草枕(くさまくら)、旅宿(たびやど)りせす、いにしへ思ひて

意味

撮影 by きょう

我が大君の、皇子さまは、神でいらっしゃるままに、神にふさわしく、都をあとにされ、初瀬の山は、真木が立つ荒々しい山道を、岩や木を押し伏せながら、朝に越えられ、、夕になると、が降る、安騎(あき)の大野に、旗のようになびくすすき小竹(しの)を押し伏せて、いにしえを思って旅寝をなさいます。

・「いにしえを思って」とは、軽皇子(かるのみこ)が亡くなられたお父様の草壁皇子(くさかべのみこ)のことを思って、という意味です。草壁皇子(くさかべのみこ)も、生前、この安騎(あき)の大野に狩りに出かけられたのです。

補足

この歌の題詞には「軽皇子(かるのみこ)、安騎(あき)の野に宿る時、柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそんひとまろ)の作る歌」とあります。

・軽皇子(かるのみこ)は、草壁皇子(くさかべのみこ)の皇子で、後の文武天皇(もんむてんのう)です。

・安騎(あき)の野は、現在の奈良県奈良県宇陀市大宇陀区の丘とされています。

更新日: 2016年12月04日(日)