仏教伝来

2000年1月30日(金)更新


日本書紀によると、欽明天皇の13年(552)に百済(くだら)の聖明王(せいめいおう)が釈迦仏金銅像や経論を提供したことで、仏教が伝わったとされています。ただし、実際には、それ以前に渡来人などによって仏像は日本にもたらされていたといわれています。

写真は、奈良県桜井市の泊瀬川畔にある「仏教伝来の地」の碑です。

以下に、仏教思想の影響を受けたと思われる歌を載せておきますね。

0793: 世間は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり

0794: 大君の遠の朝廷としらぬひ筑紫の国に.......(長歌)

0795: 家に行きていかにか我がせむ枕付く妻屋寂しく思ほゆべしも

0796: はしきよしかくのみからに慕ひ来し妹が心のすべもすべなさ

0797: 悔しかもかく知らませばあをによし国内ことごと見せましものを

0798: 妹が見し楝の花は散りぬべし我が泣く涙いまだ干なくに

0799: 大野山霧立ちわたる我が嘆くおきその風に霧立ちわたる

0802: 瓜食めば子ども思ほゆ栗食めばまして偲はゆ..........

0803: 銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも

0804: 世間のすべなきものは年月は流るるごとし.......(長歌)

0805: 常磐なすかくしもがもと思へども世の事なれば留みかねつも

0897: たまきはるうちの限りは平らけく安くもあらむを.......(長歌)

0898: 慰むる心はなしに雲隠り鳴き行く鳥の音のみし泣かゆ

0899: すべもなく苦しくあれば出で走り去ななと思へどこらに障りぬ

0900: 富人の家の子どもの着る身なみ腐し捨つらむ絹綿らはも

0902: 水沫なすもろき命も栲縄の千尋にもがと願ひ暮らしつ

0903: しつたまき数にもあらぬ身にはあれど千年にもがと思ほゆるかも

0904: 世間の貴び願ふ七種の宝も我れは何せむに.......(長歌)

0905: 若ければ道行き知らじ賄はせむ黄泉の使負ひて通らせ

0906: 布施置きて我れは祈ひ祷むあざむかず直に率行きて天道知らしめ

3849: 生き死にの二つの海を厭はしみ潮干の山を偲ひつるかも

3850: 世間の繁き刈廬に住み住みて至らむ国のたづき知らずも

3852: 鯨魚取り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ

4468: うつせみは数なき身なり山川のさやけき見つつ道を尋ねな

4469: 渡る日の影に競ひて尋ねてな清きその道またもあはむため

4470: 水泡なす仮れる身ぞとは知れれどもなほし願ひつ千年の命を


日本書紀には「欽明天皇の十三年冬十月、百済の聖明王は西部姫氏(さいほうきし)達率怒利斯致契(だちそちぬりしちけい)等を遣して釈迦仏金銅像一躯(ひとはしら)・幡蓋(はたきぬがさ)若干・経論若干巻くを献る」とあります。

一方、平安時代に書かれた聖徳太子の伝記である「上宮聖徳法王帝説(じょうぐうしょうとくほうおうていせつ)」には、百済の聖明王からの仏像・経論などの提供は、戌午の年(538)となっていて、日本書紀の記述と異なっています。


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