万葉集: 藤原宮(ふじわらのみや)

2006年01月01日(日)更新


持統8年(694)〜和銅3年(710)年、持統天皇(じとうてんのう)が中国の唐の制度を模して建てた都が藤原京です。その藤原京の政治の中心となったところが、現在の奈良県橿原(かしはら)市高殿(たかどの)町で、藤原宮(ふじはらのみや、ふじわらきゅう)と呼ばれるところです。

ちなみに、「藤原宮」という名は、万葉集や日本書紀には出てきますが、「藤原京」という名前は出てきません。ただ一個所、万葉集の「大君の命畏み柔びにし家を置き.....」という長歌の題詞に出てくるだけです。この「藤原京」という名前は、歴史家の喜田貞吉さんが提案されてつけられたと言うことです。

撮影 by きょう

0028: 春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山

0050: やすみしし我が大君高照らす日の皇子.......(長歌)

0052: やすみしし我ご大君高照らす日の皇子荒栲の.......(長歌)

0053: 藤原の大宮仕へ生れ付くや娘子がともは羨しきろかも

0078: 飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ

0079: 大君の命畏み柔びにし家を置きこもりくの泊瀬の川に.......(長歌)

0080: あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな

0268: 我が背子が古家の里の明日香には千鳥鳴くなり妻待ちかねて


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