|
持統8年(694)〜和銅3年(710)年、持統天皇(じとうてんのう)が中国の唐の制度を模して建てた都が藤原京です。その藤原京の政治の中心となったところが、現在の奈良県橿原(かしはら)市高殿(たかどの)町で、藤原宮(ふじはらのみや、ふじわらきゅう)と呼ばれるところです。
ちなみに、「藤原宮」という名は、万葉集や日本書紀には出てきますが、「藤原京」という名前は出てきません。ただ一個所、万葉集の「大君の命畏み柔びにし家を置き.....」という長歌の題詞に出てくるだけです。この「藤原京」という名前は、歴史家の喜田貞吉さんが提案されてつけられたと言うことです。
|