万葉集:不破(ふわ)の関

平成11年3月14日(金)更新


現在の岐阜県不破郡関ヶ原町の大字松尾に「不破の関跡」があります。日本書紀に、天武元年(672)壬申の乱の時に大海人皇子(おおあまのみこ)の舎人(とねり)だった村国男依(むらくにのおより)が「不破道」を塞(ふさ)いだとあります。後に、ここに関が作られ、大宝元年(701)に制定された大宝律令(たいほうりつりょう)で、三関(さんけん)の一つとして定められたとのことです。

「三関(さんけん)」は、東海道の伊勢鈴鹿(いせすずか)の関、北陸道の越前愛発(えちぜんあらち)の関、そして不破の関です。

万葉集には柿本人麻呂が詠んだ高市皇子(たけちのみこ)の挽歌と防人の歌の2首があります。

0199: かけまくもゆゆしきかも言はまくもあやに畏き.......(長歌)

4372: 足柄のみ坂給はり返り見ず我れは越え行く.......(長歌)



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