1998年1月24日
昼休み散歩組「東海道五十三次の旅」,第3回目は茅ケ崎から箱根の麓,風祭へ。マンホールを撮影するのが主目的ではなく,江戸時代の旧道を探して歩くのがメイン。10年ほど前に同じルートをジョギングで旅したが,その時町々の美しいマンホールのデザインに魅了され,同じような機会があったら是非カメラに収めてみたいと思い,今回それが実現することになりました。このサイトのオーナーのように探すのではなく,歩いていて,たまたまあったマンホールを撮影しているので,何種類のマンホールが見つかるか分かりません。ともかく東京から京都までのマンホールを撮って行きたいと思います。
茅ケ崎
茅ヶ崎と言うと,きっとサザンオールスターズ・加山雄三や海を連想されるかも知れません。しかし旧東海道からは海は一度も姿を現しません。街道上の面白いものといえば,関東大震災で姿を現し,源頼朝も渡ったと伝えられる鎌倉時代の橋桁です。マンホールのデザインは,海と太陽と和船とカモメ,そしてちょっと分かり難いのですが,海に浮かぶのがサザンの歌にも出てくる「烏帽子岩」です。
平塚
ここには「番町皿屋敷」という怪談の主人公,お菊の墓があります。この話し実話で,長櫃に収められ江戸から帰った彼女の遺体を,父がここへ葬ったと伝えられております。マンホールは地味なデザインですが,有名な七夕のワンポイントが素敵です。北を示す矢印が,本当に北なのかは未確認です。
大磯
大磯町では,雨水と汚水のマンホールのデザインが,和風と洋風に別れており洒落ています。当時の松並木が,かなり保存されており,和風のマンホールに反映されています。この松並木は,正月の箱根駅伝でも見ることが出来ますのでご存知の方も多いと思います。洋風の方は芸能人水泳大会でも有名な,大磯ロングビーチを意識したデザインではないかと思われます。大磯町には,島崎藤村の墓があることはあまり知られておりません。

大磯化粧坂の松並木
二宮
現代,江戸から東海道を上り最初に海を見るのがここ二宮。知っていましたか,車坂を登りきると相模湾の彼方に箱根の山並みが迫り,遠く伊豆大島が旅人の旅愁を誘う。そんな街のマンホールは意外にもMY
TOWNときました。大磯に負けてなるものか,という気概も感じられ頑張っているなと応援したくなる街でした。
小田原
まさに,るつぼ状態なのがこのマンホール。富士山・小田原城・箱根・海・輿。花嫁さんが何なのか理解に苦しむところではありますが,インパクトに欠けるような気もいたします。街道は城下町に入るとクランクを繰り返し,当時の旅人を城から遠ざけるように造られております。このまちも,城下に入ったとたん顕著に表れました。その点,海道では岡崎が一番ですが。もう一つカラフルなマンホールがありました。これは,災害時に自治体の枠を越えて水道の水を,供給する為のバルブを収めたマンホールです。水道には水利権があり,たとえば神奈川県にある箱根の芦ノ湖の水は一滴も神奈川県は使えません。これは全て静岡県のもので,江戸時代に芦ノ湖から用水を引いた人々にある権利です。しかし現在では神戸の大震災で神戸の水道が使えなくなった時に,水利権を越え他都市からの水が神戸に供給されました。そんな時に開けるのが,このマンホールの中に収められている友情のバルブです。