阿波池田からは「おおぼけトロッコ3号」に乗り込む。阿波池田と大歩危(おおぼけ)間21.6kmを59分かけて走る列車である。新しく作ったトロッコ車両と、特急用車両を改造した車両の2両編成である。トロッコ車両に乗ることができるのは途中の阿波川口から終点の大歩危までである。阿波池田から阿波川口間は2両目の普通の車両に乗るのである。乗客は結構たくさんいたが、家族連れが多かった。私のような一人旅の人も何人かいた。トロッコ列車の区間は吉野川沿いを走るので、とても景色がきれいである。川沿いに岩肌がむき出しの渓谷が続いている。このあたりは大歩危(おおぼけ)、小歩危(こぼけ)と呼ばれている。大歩危、小歩危とは吉野川が、長い年月をかけて四国山脈を削った渓谷である。途中、小歩危駅で後続の特急列車の追い越しで、10分ぐらい止まっているので、列車の写真を撮ったり近くを歩いたりすることができる。予定にない列車だったが、とてもよかった。これで、四国のトロッコ列車は全て制覇した。
大歩危駅周辺にはマンホールはなかった。
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| 「おおぼけトロッコ号」トロッコ車両 (JR小歩危駅にて) |
「おおぼけトロッコ号」2両目の一般車両 (JR小歩危駅にて) |
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| 車窓の風景 (JR小歩危駅付近) |
車窓の風景 (JR大歩危駅付近) |
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| JR小歩危駅 決して「小ボケ」ではない |
JR大歩危駅 「大ボケ」ではない。 |
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| かずら橋 実際にある橋の模型である。 (JR大歩危駅にて) |
大歩危からは特急南風7号に乗り込み、中村市へ向かう。中村市のマンホール写真が不慮の事故により紛失してしまったので再度撮り直すための予定外の行動である。車内はかなり込んでいたが何とか席を取ることができた。中村まで約3時間ぐらいである。これだけ長い時間同じ列車に乗っていられるのは本当に久しぶりである。中村に着いたときは夜6時をすぎた頃で、日没寸前であった。マンホールというのは黒いので、周りが暗いとうまく写らないのである。まだ明るかったので、多少不満はあるが、まあまあの出来であった。予定外の行動であったが、高知からの夜行に乗るまでのいい時間つぶしにはなった。
中村からは特急しまんと18号で高知へ戻る。今日乗る予定の京都行きの夜行列車「ムーンライト高知」まではまだ2時間ほど時間がある。おみやげを買ったり、晩ごはんを食べたりして時間をつぶす。こういう暇なときはノートパソコンとPHSでモバイル通信をやったりする。普通に自宅からやるのと全く同じように簡単につながる。便利なものである。ホームページの更新も旅行先からできるといいのだが、電話代が怖い。これは次回の旅行の課題にしよう。そうこうしているうちに列車がホームにやってきた。初日に京都から乗ったのと全く同じである。また同じようにいすに座ってリクライニングをいっぱいに倒して毛布をかぶって眠りにつく。気がついたら神戸をすぎていた。行きも帰りも瀬戸大橋を渡っているときは寝ていたことになる。上の道路は起きているときに渡ったことがあるのだが、下の鉄道は実は今回が初めてだったのである。なんか損した気分である。今度は昼に渡ることにしよう。朝6時26分列車は定刻通り京都駅に着いた。
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| ムーンライト高知号 小さいヘッドマークが付いている。 (JR高知駅にて) |
1日目に雨のため撮ることのできなかった、大津市のマンホールを撮るために再度大津市へ出かけることにした。京都駅で朝ごはんを食べてから、1日目と同じように京都市営地下鉄と京阪電車で浜大津へ向かう。今度は大津港周辺でなく浜大津周辺の商店街付近を調べることにした。すると、商店街にデザインマンホールを見つけることができた。「大津絵」をデザインしたマンホールである。しかし今回も市制100周年記念マンホールを見つけることはできなかった。たぶん大津港付近にあると思うのだが・・・。
1日目に撮ることのできなかった滋賀県のマンホール写真を撮りに行く。まずは栗東町である。これは駅前にデザインマンホールがあった。市の鳥メジロをデザインしたマンホールであった。次は野洲町である。この町は以前行ったことがあるのだがデザインマンホールがどこにもなかったのである。今回再度調査したのだが、やはりどこにもなかった。半分あきらめていたところ、駅の南2〜3分のところに下水道工事をしているところがあり、そこのマンホールが1つだけデザインマンホールだった。銅鐸の模様をデザインしたマンホールである。次は安土町である。ここは駅を出てすぐのところにマンホールがあった。織田信長の刀の鍔をデザインしたマンホールである。米原で、ちょうどお昼になったので、昼ごはんを食べる。この旅もほぼ終わりである。あとは乗り慣れた路線を通って自宅近くの東海道本線熱田駅で降りる。
今回は四国の鉄道のかなりの部分を乗ることができ、マンホール写真もたくさん撮ることができたのでなかなか充実した旅であった。普通の人が見ればかなり異常な旅である。でも「マンホール友の会会長」の責任もあるので、しばらくはこういうスタイルの旅が続きそうである。