恐怖の体験
 当時17歳、血気盛んなころでした。幼少のころから武道を習っている私、ハク(男)は、年に一度の合宿に参加していました。
 全国大会でしか会えない強敵(友)との再開が楽しみだったことを覚えています。
 合宿初日の夜、その事件は起きました。
 
 食事や道具の後片付けをする5人の少年たち。その中に、ハクも含まれている。ちなみに当番ではなく、くじ引に負けたからという単純明快な理由だ。
 時間は21時過ぎ、雑談をしながらの片付けは気楽なもので、和んだ気配で終了したそのとき。
「泥棒だ〜っ!」
 誰かの叫びが聞こえた。同時に、微かな足音も。
 5人は顔を見合わせることも呼吸を合わせることもなく、ただ一斉に駆け出して、すぐに泥棒らしき人影を見つけた。
 距離がある。でも5人で追いかければ何とかなるだろう、森の中の道へ飛び込んだ。
 けれど泥棒の足は速く、距離が縮まらない。
 森の道は、大きく弧を描いている。その先は開けていて、楠木が三本生えている場所だ。
 そのことに気づき、とっさに二人、獣道を抜けて森を出た。道の出口で待ち構えるだろう。
 泥棒は彼らの思惑どおり、森の道を駆け抜けて行く。
 ハクを含めた三人は、そのまま追いかけた。泥棒は間もなく出口けれど待ち伏せた二人が身構えている。
 有段者だということ(それも全国区級の実力者)を知らぬのか、泥棒は足を止めない。二人の攻撃を躱し、楠木を迂回しようとすることに気づいたハクが反対側に回り込み、拳を叩き込んだ。泥棒の背後からはもう一人が蹴りを放った、けれど手応えがない。
 それは相手も同じだったらしく、二人は危うくぶつかる…いや、互いに攻撃を当ててしまうところだった。
 けれどそれ以上に、驚愕する二人。
 同じように呆然と立ち尽くす三人。
 泥棒が、どこにもいない。穴もない、逃げられたわけでもない、なのに…消えたのだ。
 
 ほどなくして、道場の人々が楠木まで追いついて来た。ほっとしたのもつかの間、彼らの一言があるまでだった。
「お前達、どこから来た?」
 師範たちが言うには、自分たちは泥棒の後ろ姿を追って来たが、その間には誰もいなかった。どうしてそこに彼らがいるのか、ということだった。
「森を駆け抜けて追って来たんです」
 でも、後ろから誰かが追って来る気配はなかった…。
 おかしい。師範たちと意見が合わない。でも森を見れば、道順がどうだったかくらいは信じて貰えるだろう。そう思って、ハクは口を開き、森を指した。
「そこの森…」
 指した先は広々とした野原。そして、道場まで続くであろう道。        
 そして泥棒は、影も形もない…。
 
 
 
 そこに森があったのは、戦前の話ということでした。とすると、彼らは時間旅行をしたのでしょうか。それとも
 
 幽霊は残留思念であるという説があります。もしかすると彼らは、森の残した思い出に紛れ込んだのかもしれません。
 
 あら?
 となるとこの泥棒さん…何者なんでしょうね?
BG:篝火幻燈