ドラゴノザウルス撃退は成功に終わった。ウィンとグレイスの活躍で、放置された機体や資金になりそうなものが手に入り、またイルムとリンの関係について艦内のそこそこが沸いていた。
 とりあえず部屋へ戻ろうとしたけれど、自分を待ち構えるらしき人影に恐れをなして、こっそりとあの廃棄場まで逃げてきたところだ。
 ウィンは今、グレイスに付き添っている。彼女が倒れたのだと連絡が来たが、無事だろうか。まあウィンに聞こうものなら「俺がいて怪我なんかさせるか!」と怒鳴られるだけだろう。
 見舞いに行きたくもあるが、馬に蹴られるか重苦しい雰囲気に呑まれるかの二択だしと逃げたのだ。
「あー…喉乾いたなー…」
 自販機のジュースではなくて、ウィンのお茶が呑みたい…そう思うけれど、流石に呼び出したら殺されるだろうと、素直に談話室へ向かう。無論、人影に見つからないよう隠れながら、だ。
 炭酸入りのジュースがボケかけた頭をすっきりさせてくれたところへ、あまり会いたくない人物がセットでやってきた。
「イルム、何ボーっとしてんだ?」
「え?」
 声をかけてきたのは甲児だった。隣にさやかもいる。此の二人いつも一緒だが、…少しは遠慮してほしい。
「ちょっとね、考えごとですよ」
 今は一人でいたかったのに、と内心で溜め息をつく。此の二人を見ると、どうしても考えてしまうことがあるから。
「ねえねえ、さっきの子がこの間のリンちゃんよねっ?」
「ええ、まぁ…」
 来た、とイルムは首を落とした。あまりにあからさまで、甲児はどうやらこの話題に触れてはならないと気づいたらしいのだが、さやかが気づく様子はない。
「ね、当たったでしょ。せっかくだから紹介してくれてもよかったんじゃない?」
 あれを、と甲児が半眼になっている。どうも女というのは、…不思議だ。なぜあれで、そうなるのか。
 更に問い詰めようとするさやかを戒めるかのように、ランプが赤く高速の点滅を始めてくれた。
『コンバトラーVの救援に向かいます。パイロットは速やかに自機にて待機してください。繰り返します』
「マジかよ」
「忙しいこって」
 感謝、と呟いた。
「行きましょう」
 さて、今度は何が起きたのか。

011 救出 コンバトラーV!

「さて、と…今回のウィンには休んで貰うかな…っと」
 とりあえず、自分は暴れたい。だが、ウィンがいると気になる。それにあの様子では。
(まだ来てないしぃ、動力が壊れてたら不可抗力だよなー。あー、いやまて、壊したら後が面倒かぁ)
 腕時計の電波に載せて、ゲシュペンストにウィルスを送り込む。二時間ほどエネルギー供給がされなくなるだけで、壊れたりはしないという便利な奴だ。
 幸か不幸か、メタスにはファが搭乗するようだし、ゲシュペンストが動かなければ済む。
「気づくだろうけどな」
 呟いて、直後発信シグナルは、青に代わった。
「ゲシュペンスト、いっくぜ〜っ!」
 加速のGは一瞬で、大空へ…と解放はされないのが残念だ。ミノフスキークラフトが欲しいところだが、流石にそうそう手には入らない。とりあえずは降り立って、周囲を見る。
『久しぶり、元気だったかコンバトラーチーム!』
『なに暢気なこと言ってんのよ甲児くん!』
 夫婦漫才は後にしてねー、とイルムは呟いた。溜息のようなノイズが聞こえる当り、同様の感想を抱いたメンバーがいるらしい。
 それでも助かったぜと律義に返されるのだから、いい友人といったところか。
「っと、逃げ出したか。ま、いいけどね、どうせまた会うし」
 戦艦の反応が消え、やがて目視も出来なくなった。残るはまるで恐竜のようなメカたちだ。
『あれ? ゲッターロボってGになってたんじゃなかったっけ?』
 コンバトラーチームの声に、イルムは首を傾げた。あまり…いや全く興味がなかったから、これが旧型とは思いもしなかった。
『事情があってね、旧式を修理して使わざるを得ないんだ』
『じゃ、オレたちとおんなじか。新しい武器は使用禁止にされちまったからな』
『どこでも事情は同じというわけね』
 あれ、と思うのはつかの間、コンバトラーVは合体型ロボットであることを思い出した。
 5体合体ということで、スーパーロボットの呼び名に相応しい巨大な機体だ。一人若しくはペアを組むのが好みな自分には、向かないタイプだとも思う。
 新しい武器はないと言っていたが、それでも他を引き離す武器の数々、戦力としてはかなりのものだ。たぶんウィンも、欲しがるだろう。
「いや、別に俺ら、ロンド=ベルを乗っ取りたいわけじゃないけどな」
 他にも彼との会話を聞かれたら、かなりの率で誤解されるだろう。でも別に、目標はここではない。
「まずはちゃっちゃと片付けますかっ」
 見覚えのある機種と、識別信号あれはDCのもの。同盟を組んだか鉢合わせたか恐らくは、前者。
 はやいうちに叩きつぶさねばならない。
 敵がいる場所まで、かなりの距離がある。何体かは母艦での移動を選んだが、イルムは敢えて加速をかけた。
「いいよなー、ウィンのゲシュペンスト速いもんなー」
 ぼやきながら仕事を進める。全ての味方機が入り交じり、時に共闘して敵を潰していく。
 コンバトラーは、武器を封印されているのに。
 ゲッターロボは新型を封じられ、旧型を修理してまで使っているのに。
 動きに不安はなく、また迷いもない。
 それが、歴戦の部隊ということなのか。
 分かりたくないけれど、わかりたい。
 知りたくないけれど、知りたい。
 
 でも本当は、知る必要がなければ、それがいい。たぶん…いや、きっと。

     ***

 ウィンはずっと、モニタを見ていた。たぶん、イルムが同じことを考えているのだろうと思いながら、もう一台のゲシュペンストが敵を屠る様を、グレイスの傍らで。
「…終わった、んですかぁ…?」
 うっすらと目を開けて、グレイスが呟いた。独り言のような気もしたし、問いかけのような気もしたけれど、そこに居合わせたのだから。
「ああ、終わった。起き上がれるなら、呑むか?」
 少し驚いたような顔が、ウィンを見て微笑んだ。
 無邪気な笑顔に心を抉られたような痛みを覚えても、表には出さず、湯飲みを差し出した。ごく薄く、ほんのりと温かい緑茶だ。水では味気ないだろうからと、彼女が眠っている間に部屋から茶葉を取って来たのだ。
 ふにゃ、とグレイスの顔が崩れた。
「美味しいですぅ」
 まあね、とウィンは微笑う。妖怪狸はそこそこ人望があるらしく、贈り物は全て極上と言ってよかった。その中から選んだ茶葉だから、質は上々だ。
「…ウィンさんてぇ、日本の方ですかぁ?」
いや? イルムは日系だけど」
「日本茶ってぇ、美味しく淹れるの大変ですよねぇ。私が淹れると、えぐくて苦くなっちゃうんですよぉ」
「…まあ、手間ではあるな。それはたぶん、温度だろうけど」
 緑茶に限ったことではないが、葉を使う場合には適性温度というものがある。えぐみ、渋みを強調したければ沸騰したての湯を使うが、そうでないなら特に甘みを求めるのなら、それなりの葉で温度は70度から80度、ゆっくりと抽出するのがコツだ。極端なやり方では、茶葉の上から氷を溶かし、一晩掛けて抽出する方法もある。要は、温度が高いほどえぐみが強調されてしまうのだ。
「ふわぁ…すごいですぅ」
 簡単に説明したつもりのウィンは苦笑した。
「紅茶ならわかるんですけどぉ、緑茶も同じなんですねぇ…あー、でも紅茶は、氷出し出来ないですぅ…」
 その言葉にはっとする。氷を溶かすやり方は緑茶独自のものだが、それを試そうと思わせた、温度についての一言を言ったのは。
 考え込むグレイスから、湯飲みを取り上げる。触れた指がかなり冷たいことに気づき、ウィンは顔を覗き込んだ。
「大丈夫…っ」
 泣いていた。顔を歪め、ポロポロと大粒の涙を零して。
 覚えているのかと、期待した。それとも思い出したのかと、もっと期待した。
 でも。もしもそうなら、目標はここで終えてしまう。
「ウィンさんはぁ…、わ、わたしを…」
 しゃくり上げながら、グレイスが言葉を紡ごうとする。何をすればいいのかわからなくて、ウィンは立ち尽くす。
「し…、知ってる、んです、よね…?」
「…知ってるのか」
「だ…て、お茶…も、機体…も…みんな、みんな」
 覚えているのか、それとも知って…いや、知らされているのか。損傷がなかったはずのないあの状況で、どこまでを。
「あなたは…、誰なんですかぁ…っ」
 叫ぶグレイスを抱き締めて、ウィンは天井を見上げた。その視線は、もっとずっと遠くの何かを睨みつけるかのように険しくて、寂しげだった。
「みんな、知ってます。覚えてます。なのに、あなたが誰かわからない…顔も、名前も聞いてるのにわからない。誰なんですか…、どうしてなんですかぁっ」
 知るかよ、とウィンは内心で吐露する。
 理屈は、単純だ。人間の記憶は大きく二つに別れる。
 一つは知識。もう一つは感情を伴う記憶エピソード記憶だ。
 どこで何があったかは思い出せなくても、知識だけは積み重なっていく。だからきっと、それだけのことだろうと思うけれど。
「アーウィン・ドースティン少尉。ナイメーヘン士官学校卒業。親父はドースティン博士通称、大妖怪と呼ばれる化け損ね狸」
 滔々と語るウィンの最後の言葉に、グレイスはつい噴き出した。
「共同研究のグレイス博士、カザハラ博士とは悪友に近く、回りの被害は甚大。特に、奴らと関わる中間管理職は退職が激しい。この三人の共同研究成果は、カザハラ博士中心のゲシュペンスト、スーパーロボット型。ドースティン博士中心のゲシュペンスト、リアルロボット型。そしていずれにも、グレイス博士中心で研究された”リンクシステム”が搭載された」
 ウィンは自分の腕時計と、彼女の腕時計を示した。そっくり同じ、まったく見分けのつかないその二つは、無論市販品などではない。
「…俺たちは、成績と研究者の身内ってことで選ばれた、テスターみたいなものさ。まあ、…仲はよかったけどな」
「…テス、タ…」
 呆然としたグレイスに、ウィンはそれ以上語るのを止めた。今は、ここまでだ。それ以上でも、それ以下でもないのだと、彼女が割り切ってくれればいい。
 くすくすと微笑う声が聞こえて、ウィンは成功したのかと思おうとした。
「嘘、下手です」
「……」
 嘘なものか。ああ、そうだ嘘など何も入っていない。イルムや他の仲間のことは、言い忘れたけれど。
 けれど微笑いながら泣きじゃくる彼女に、それ以上×言葉を見つけることは出来なくて。
 …ただ、その頬にそっと口づけた。
 ちょっとだけしょっぱい味がした。
 
 泣かせてしまった以上部屋に送るつもりでいたけれど、当の本人から拒否されてしまった。少なくとも涙の跡が弾くまでは眠り直すとのことであったから、医師が来るまで待って、引き上げてきた。
「人間ってのは、案外図太いんだなぁ…」
 もっと、衝撃だと思っていた。耐えられなくて、自分が壊れるかもしれないと。
 でも実際は、あのとおりだ。ほんの少し胸が痛んでいるけれど、それだけで済むもの、らしい。
 部屋へ帰ったら少し休みたかったが、伝言を示すランプが光っていることに気づく。格納庫の主からだったが、要領を得ないので仕方なく向かうことにした。
「…リンクチェックに応答がない?」
「そうなんだよ。だからあんたにお呼びがかからなかったんだけどさ、あの子、無茶しちまったのかい?」
「いや、そんな様子は…まあ、見ますよ」
 実際、腕時計からの信号は正常に届いたらしく、コックピットへのエレベータはすぐに降りて来た。が、確かにテスト機動には応答がない。
「おかしいな…別に問題はなかったはず…」
 あちこちと触り、手動スイッチからの命令には応答があった。コックピットへ入れなかったから、メカニックにはわからなかったのだろう。
 が、機動してしばらく動力炉へのエネルギー供給が、手前で止まってしまうことに気づく。
「どうだい、ウィン坊」
「OSっぽいですね、直してみます。てかすみませんその呼び方止めてください」
「グレイス嬢ちゃん泣かしただろ。だめだよ、仲直りするまで止めないよ」
 ついさっきの話だそれは、とウィンは頭を抱えた。盗聴するとは思えないし、それならそれで逆にからかえる内容ではなかったはずだ。とすると、それを面白がる何か…ああ、そういえば。
「あの、気違い看護婦(マッドナース)…!」
 聞いての上か聞かずにかはわからないが、そういえばいるのだ。どこかおかしいと皆が噂する、名看護婦が。戦場に飛び出して患者を運び込む辺り度胸があるのだが、皆に敬遠されている珍しい人物が。
「仲直りも何も、喧嘩じゃないですよ…」
 力無い一言を呟いて、ウィンはウィンドウに向き直った。一つずつチェックしてもいいが、それでは日が昇る。自前のチェッカーに頼ることにして、数秒。
「…何か見覚えあるな、これ」
 あっさりと捕獲されたウィルスは、どうも作りに覚えがあった。自分で作ったものではないしと可能性を一つずつ潰し、結果。
「お帰り、イルム。ご活躍だったみたいだな」
「おお、おまえの分まで暴れて来たぜぇ。…、ん、何、それ?」
「ああ、創造主に確認したくてな。俺のゲシュペンストに紛れ込んでたんだが」
「へぇ、酔狂な奴がいたもんだなー」
「ああ、酔狂なのは良く知ってる。お陰で旧交を温められた、感謝するよ」
 本気だか嫌みだかわからないその言い方に、イルムは怯んだ。ついでに先程のやりとりを思いだし、言葉遊びは収束を迎えて終わる。
「…どうした、なにかあったか?」
「…んー」
 言わないわけにはいかないだろうと思う。言ってしまった方が楽になるとも思う。でも。
「リン、さ。覚えてるよな」
「リン? リン・マオか?」
「そ、彼女。さっき、逢った」
「振られたか」
「ちげーよ。…お前さあ、グレイス以外目に入らないの何とかしろよ、なんで彼奴までお前見てんだよ…」
 疲れた声で吐き捨て、自分のベッドに倒れ込む。八つ当たりだ、紛うことなき八つ当たりだ。分かっている以上、その先を言ってはならない。
 落ち着くための長い沈黙のあと。
「ウィンが連邦にいるなら私はティターンズにと思ってな。だそうだ」
…、ティターンズに!?」
「ああ」
 起き上がり、ウィンをにらみつける。
「俺、約束したから。お前を押し上げるって。俺が身代わりになってでも押し上げるって、約束したから。…覚悟、しろよ?」
 ウィンは応えなかった。それでもしばらくして、かすかに、
「終わらせる」
 それだけで、今は十分だった。
「よっし、んじゃま、ハロをとっと作っちまおーぜ。彼奴らとの連絡にもちょうどいいしな」
「お前、簡単に言うけどな…」
 実は超精密機器という感じであり、しかも無重力ではないからかなり重い。チビハロたちはまあ子機だから軽くも出来るが、親ハロはまだまだ時間がかかるだろう。