あれきり、ウィンは動こうとしなかった。彼を見ているのに忍びなく、イルムは部屋を出た。行き先がないときは、甲板に限る。
 やはり、早く個室をもらいたい。彼のためと思っていたが、…どうも自分のために必要らしい。
「…あれ、ダバ。どうした、こんなとこで」
 どこか思い詰めた風な彼に、自分自身も落ち着いているとは言い難かったか、つい声をかける。その辺りが男女関係なく好かれる所以と知っているが、またそれが誰か一人にならない理由ともわかっていたけれど。
「いえ…、レッシィさんのことで、ちょっと。でも、大丈夫です、きっと」
「ああ、ポセイダル軍だっけ。知り合いってわけじゃないんだろ?」
「ええ。…たぶん向こうは、僕のこと知ってたと思いますけどね」
「そりゃ、反乱軍のリーダーだもんな」
 ダバは曖昧に笑った。何かあるのかと思ったが、たぶん彼は、まだ語る気がないのだろう。いずれ話したくなるまで待つかとイルムは問い詰めなかった。
「そういや、ブライトさんに処分任せるんだっけ。どうするって?」
「…解放してもらいました。ただ、ちょっと考えなしだったかなって、今更…。レッシィさんと、連絡がとれるわけでもないですし」
 素直だな、と思う。彼が見ていたのは陸の方角だ。たぶん彼女は、軍に戻ったのだろう。そしてまた、敵として相対する。今度こそ、命のやりとりになるかもしれない。
「真っすぐな軍人さんだったよな」
「…はい。だから、…信じたいなって」
 甘い、と思う。反乱軍のリーダーがこれで勤まっているなら、自分でも出来るかもしれないと思ってしまうほどに。でも。
「いいんじゃねえ?」
 風に拭かれながら、イルムは海を見た。
「信じる奴がいなきゃ、世界なんてかわらねえ。それだけのことだろ」
 虚を突かれたように、ダバは目を開いて。
はい!」
 笑顔で応えた。
 ちらりとそれを横目で見て、彼に目をつけたウィンに呆れた。
 彼を利用したいという思惑もきっとあったのだと思う。能力的にも、度胸も申し分は無い。でもそれ以上に、異星の困難まで背負う彼を引き入れることは危険を伴う。だからたぶん、自分なら引き入れない選択をするだろう。その考えは、ウィンにもわかるはずだ。それを敢えてしたということは。
「…やっかいなのに気に入られたなぁ…」
 呟く声は波音にかき消された。ウィンはきっと、彼を守るつもりなのだろう。利用し、される関係ではなく、共に進む者として。
 ウィンが目指していたのは、戦争の終結ではないのかもしれない。もっと…いや、しかし。
「…あいつを捜すためだけに軍に復帰したんだよなあ…うーん…」
「あの、ウィンさんは…大丈夫ですか?」
「え…あ、あー…まあ、ちょっと一人にしておけば落ち着くと思うけど…。悪いな、彼奴から呼んだのに放り出しちまって」
「いえ、僕はいつでもいいんですけど…」
 甲板に、警鐘が鳴り響いた。ほぼ同時に警報ランプが赤く廻る。
『出撃します。戦闘員は各自機にて待機してください。ティターンズの要請に応答、ナゴヤシティに向かいます』

010 スタンピード

 警報はウィンの部屋にも鳴り響いていた。パイロットスーツに着替えたころには他の搭乗員の姿はなく、出遅れた感がある。
 今は、それが有り難かった。考えてはいけない理由が出来る。
 なのに。
…、なん、で」
 どうして、ここで出会うのか。
「…あ、ウィンさぁん」
 記憶はないと言っていたのに、どうして話し方は同じなのか。
「…間抜けな喋り方だな」
 だから思わず、声をかけていた。初めて出会ったときと、おなじように。
「これぇ、地なんですよぅ…」
「知ってる」
 え、とグレイスが首を傾げた。その仕草も記憶にあるままで、あのビデオレターが嘘ではないのかと疑いたくなる。
 疑いたくなる、ということは…逆に言えば、疑いようがないということでもあって。
「何とかしろ。そんなんじゃ、戦場で生き残れない」
「はぁい…」
 しゅんと萎みつつ、グレイスは言葉をつづけた。
「ウィンさんて優しいんですねぇ」
「…俺が?」
 正確には、今の何処がと聞き返したかった。でもいろいろな感情が交ざった結果、それだけの言葉にしかならなかった。
「だって、私のこと心配して言ってくれたんですよねぇ」
 ウィンは顔を押さえた。そんな意図もなかった。だからもし、あったのだとしたら。
、機体は、どうした?」
 その一言を言ってはならないとわかっているから、敢えて応えない。
「えっとぉ、あれ(リ・ガズィ)ですぅ」
 まだ整備が終わっていないのか、搬入されたリ・ガズィには数人の整備が張り付いていた。
「襲撃受けたんだったな…」
 見た限り、外傷だけでさほど大きな故障はないように見えた。けれど、だからと言って飛び出せる状況でもないのだろう。
「…出たいか」
「え」
「外は、戦場だ。もう一度だけ聞く。戦いたいか?」
 機体の損傷で戦場に出られないなら、問題のある理由ではない。彼女が出たくないというなら、初陣が遅れるだけのこと。
 どちらかと言えば、それはウィンの願いでもあった。
「はい」
 自分に向き直り、真っすぐに見つめるグレイスがいた。
「私は、その為に来ましたあ」
「だから、その口調…」
 苦笑と漏れる言葉は、止められなかった。決意が今一つ掴み辛い相手である。
 だが、自分も見たい。彼女が、何者なのかを。
「わかった」
 自分が知りたい。彼女にとって、自分は何者なのかを。
「アムロ少佐、ウィンです、聞こえますか?」
 チャンネルを専用に合わせて問いかける。ほどなくアムロからの返答がきた。
『ああ、聞こえる。どうした、まだ搭乗していないのか』
「はい、遅れました。それで今、グレイス機なんですが…まだ整備が終わっていないようです」
『え、終わってないのか。出来れば実戦に出て欲しいんだが…そうだ、ファが待機だからメタスはどうだ?』
「あれは真っ先に狙われます。俺にメタスを貸して下さい。グレイスをゲシュペンストに乗せます」
だがあれは、PTだろう?』
「大丈夫です、グレイスなら」
 言い切ったけれど、自信はなかった。たとえ搭乗出来ても、果たして彼女はあれを、満足に動かせるのか。
「俺がメタスで支援につきます。いいですよね?」
 強気のウィンに、アムロは数秒の沈黙を返した。が、返答は明快だ。
『よし、許可しよう。ブライト大佐には伝えておく。くれぐれも無茶はしないように』
「了解しました」
 それだけで、通信は切れた。
「…えっとぉ…」
「こっちだ、来い!」
 
 ***
 
『ちっ、何だいこいつは! いくら撃っても切りがないじゃないか』
『相手は水中にいるしな。ビーム兵器じゃ水中戦は不利だ』
 ライラが苦虫を噛み潰せば、カクリコンの正論がそれを更に味付けた。
 地上から狙い撃つそれは、相手が水中にいるというだけで不利だった。ビームライフルの能力は一気に減衰してしまう。
『まずいぜ、このままじゃナゴヤに上陸されちまう!』
 攻撃を仕掛けながらジェリドが叫び、ライラが宥めるように声をかける。
『とにかく時間を稼ぐんだ、ロンド=ベルがもうじき来てくれるハズさ』
 けれど、ヤザンは喚いた。
『あんな奴らの救援なんざ必要ねえ、俺たちだけでやってやる!』
「その通りです、これは我々ティターンズの仕事です!」
 少女と言っても差し支えないような若い声に、ライラが苦笑する。士官学校を出て数年、やっと実戦配備されたばかりの新兵だ。
『リン、あんたは実戦経験が浅い。無理することはないんだ、あたしらの援護をやっときな』
はい…」
 悔しげではあったが、事実を認めないわけにはいかなかった。
 でも出来れば。…ロンド=ベルには。
 
「ナゴヤシティにDCの巨大生物兵器が接近中。至急、救援に来られたし。…って、これ、ロンド=ベルに来たわけじゃないのか」
『この辺りに他に戦力がいないから、至急向かうことになってる。海中戦だから、MSに期待は出来ない、いいな』
『ティターンズね…あんまり気が進まないなあ』
 コウのぼやきを宥めるリョウの声。敵対とまではいかないが、衝突が多いのだから無理はないだろう。
 だが流石は歴戦の勇士、不利な状況でも士気が衰える様子はない。
『イルム、聞こえるか』
「おま…、無茶するなよ」
 外部からのアクセスで、会話を専用に切り替えられたのだとすぐに気づいた。その証拠は、まわりのやり取りがいきなり途絶えたことで十分である。
「とりあえず聞こえてるけど…さっきからゲシュペンスト経由で変な科白が聞こえてんだけどよ?」
『ああ、グレイスだ。俺は今、メタスに乗ってる』
「…いいのかよ」
 無茶だとか、無謀だとか、いろいろなことが頭を過って。でも、それだけしか言えない。
『守られてくれるお姫さまじゃないからな、あいつ』
 苦笑する気配が伝わって来た。あの衝撃から立ち直ったとは思えないが…彼が決めたなら、それに協力するまでだ。
『俺はグレイスの補助で動く。そっちは、任せた』
「了解っと」
 通信が切れた。同時に回復し、周囲のざわめきが伝わってきて。
『おや、ドラゴノザウルスか』
 甲児が呟く声に、イルムはデータを照合してみた。
「うへ、なんて分厚い装甲だよ…しかも人工知能ってまた厄介な」
 人間が操縦しているなら、コクピットを破壊すればすむ。搭乗者の投降を促すことも出来るだろう。けれど、人口知能はどこにあるかわからないし、全壊するまでその動きが止まるとは思えない。
「ま、こいつは俺様の出番だよなっと」
 予測進路上にゲシュペンストを走らせる。ついて来るのは数機、すべてSRだ。
(MSの主力はビーム兵器だもんな。ってマジンガーZの武器って熱線だったような…いけるのか?)
 ティターンズも散発的な攻撃をしかけているが、効果は薄い。いや、正しくは自動修復装置の勢いに呑まれているのだ。遠距離からの攻撃は、ほとんど意味を成していない。
 ロンド=ベルは数機の小隊に別れ、反対岸にいたDCらしき機体と交戦している。戦闘範囲がかなり広い。こちらのレーダーでも捕らえ切れなくなりそうだ。
「確かに、守られてはくれないなー…」
 ゲシュペンストの性能は段違いに高い。それを操る腕も相当なものを要求される。だがグレイスは、まるで自分の機体であるかのように乗りこなしていた。回避も鮮やかに、またその一撃で敵を屠ってしまう。
 護衛についているウィンの苦笑する様が目に浮かぶようだ。
 無論、観察だけをしているわけではない。イルムも次々と敵を弱らせ、幾つかは仕留めた。
イルムガルト・カザハラ!』
へ!?」
 その声に、聞き覚えがあった。いや、あり過ぎた。
『そこの黒いロボット、お前イルムだろ!? そのマーキング、見覚えがあるぞ!』
愛しのリンちゃんじゃないのっ! いやあ、こんなところまで追いかけてきてくれるなんて、嬉しいなあ」
 咄嗟に返したイルムだったが、続く一言に少々傷ついた。
『…相変わらずどこから来るんだ、その根拠のない自信は…』
 どこからも、とイルムは呟く。
 自信?
 そんなもの、いつだってあった例(ためし)はない。
『知り合いなのか?』
 アムロの声にはっとする。…ここは、戦場だった。
『旧交を暖めるのは後にしてくれ、まずはこいつを片付けないと』
 しまった、とイルムは額を押さえた。
『へえ、リン、あんたの知り合いがロンド=ベルにいたのかい?』
『…腐れ縁です!』
 会話は全ての機体に伝わってしまったが、彼女の表情はわからなかった。
 
 イルムが気を取り直し、ようやくドラゴノサウルスに張り付いたころ、二体のMSが戦場を離脱した。理由はわからなかったが構う暇もなく、ゲシュペンスト、ゲッター3、マジンガーZ、エルガイムがその動きを封じようとする。
「あれ、エルガイムって水中用?」
『まさか、動けるだけですよ。バッシュとセイバーがあるから、多少は使えますけどね』
「MSと同じってことか」
 散発的な攻撃が、ドラゴノサウルスの足を僅かに食い止める。だがゲシュペンストの火力を持ってしても、マジンガーZのブレストファイアにしても、今一つ効き目が薄い。ゲッター3に至っては、突撃を繰り返しているだけだ。
っ!」
 ゲッター3は、大雪山降ろしを持っているはずだった。相手の動きを封じ叩きつける、あの大技があればいけるはずなのに!
 口に出さないだけの理性はある。あるけれど、それ以外に打開策も思いつかない
『ベンケイ!』
『お、おお! みんな、少し離れろっ』
 え、とゲッター3を見る。両手を広げた構え、あれは。
「っ、ダバ! ゲッターから目一杯離れろっ!」
 これだから感覚ない奴は、と毒づく。あれは、大気までも揺るがす技だ。水中でやられたら、こっちが巻き込まれる。
 自らも距離を取りつつイルムは叫ぶ。ダバもゲッター3の気合に何を悟ったか、短い了承の返事のみで距離を開けた。
 渦が巻き、水柱が立ち上がる。ドラゴノザウルスが海面へとほうり上げられ、再び落ちてまた水柱が立ち上がる。海中ではその暗さと渦で様子がわからないが、あれは間違いなく大雪山降ろし。
「すっげぇ…」
 試作品の自分の機体…大切な相棒だが、こんな大技がないのはどこか物悲しい。
 
 大雪山降ろしを目にしてからの戦闘は、長く続かなかった。記録を後に確認すると、あしゅら男爵とそのブードが来ていたようだが、ドラゴノザウルスの相手をしている間に来て、撤退していたらしい。
 消えたティターンズの二人は、ケンプファーを取りに行っていたことが判明した。水中戦に適したMSだから選択はいいが、いかんせん移動速度が遅い。彼らがついたのは、戦場が終結したちょうどその時だった。
(旧交を暖めるってわけには、いかねえみたいだな…)
 張り詰めた空気が漂っていた。ただ、ライラとリンは気にもしない様子だが。
「よぉ、リンちゃん」
「…ホントにお前なんだな」
「ああ。オレだよ」
 ゲシュペンストの影で、二人はようやく再開出来た。会話を聞かれていたのが幸いして、誰も割り込んで来ようとしない。
なんで、ティターンズに?」
「別に。強いて言うなら、ウィンが連邦にいるなら私はティターンズにと思ってな。まさかお前が連邦軍に入ってるとは」
「入ってねーよ」
 ぶっきらぼうに応えたのは、自分ではなく「ウィン」の名前が出てきたからだ。まあ確かに自分は研究職につくと言っていたし、そんな様子は見せなかったが。
「客員扱いだよ。ロンド=ベル所属だけど、軍属じゃない」
「ふん? …何、拗ねてる?」
あのなっ」
 リンの唇が頬に触れる。そのまま肩に顔を埋めて、彼女は呟いた。
「上へ、行くから」
 既視感。
「終わらせる。だから、」
 ああ、とイルムは呟いた。理解したのではなく…彼女もウィンと同じと知って。
「ウィンがいる」
 え、とリンが顔をあげた。
「彼奴を押し上げてやる。彼奴が死ぬなら、俺が身代わりになってでも押し上げてやる。だから、また、会おう」
 たぶん、戦場で。きっと、殺し合うことになっても。
「…ああ」
「あの店、まだあるって知ってるか?」
あるのか」
「ああ。また、みんなでいこうぜ」
「そうだな」
 
 それだけ、だった。リンは何事もなかったかのようにティターンズと共に去り、イルムは残る。
 それだけの、ことだった。