007 ブライトの帰還
獣戦機隊、参戦
「ちっくしょー、なんで俺がいないときにしかけてくるかなあ」
「どっちにしろ整備中で出られなかっただろ」
 あまりに遠出したために、先の戦闘は遠目に見ているしかなかったイルムだったが、とりあえずウィンに注文された品は揃えていた。かなりの大荷物になったから、帰って来るときに注目を浴びまくったのだが、荷物に神経を注いでいた彼はまったく気づいていなかった。
 荷物を渡してしまえば、そこから先はウィンの独壇場になる。が、まあその前に休憩しようかと自販機のコーヒーをおごり、本人は持参したティーバッグにお湯を注ぐ。
「そいや、さっき気づかなかったけどさ、お前って一人で使ってるんだな」
「ん? ああ、部屋か。部屋そのものは余ってるらしいから、お前も貰えるだろ」
 少ないねえ、とイルムが呟く。仮にも遊撃部隊であるはずのロンド=ベルで、部屋数が余裕で余るというは如何なものか。
「まあ、その方が有り難いよな。どーもおれ、他人と二人っての苦手でさあ」
「女と二人は平気だろ」
「それを言うなよ…」
 冷たく突っ込むウィンに打ち落とされ、イルムは談話室のソファに倒れ込んだ。彼の毒舌は相変わらずだ。
「あら、二人一緒なのね」
「あ、さやかさん」
 手を挙げるイルムと逆に、ウィンは軽く頭を下げた。
「よ、ここにいたのか」
 自販機のジュースをさやかと自分に買って、甲児は遠慮なく座る。
「そういやお前さんたち、恋人っているのか?」
 唐突な質問に、イルムが固まる。
(どうしてこのタイミングで。ていうか、なんでよりによってウィンがいるときにっ!)
「どうして、そんなことを?」
 冷たい声に聞こえるのは、付き合いが長い自分だけなのか。この二人はなぜにこの声に気づかないんだ。と、内心で冷や汗を流しながら、イルムはどう切り抜けようかと頭を回転させる。
「いや、ロンド=ベルってカップルが多いからさ、ちょっと気になって」
「そういえばそうよね、わたしも気になるなあ。差し支えなければ教えてよ」
(あるんだよ、差し支えすごくあるんだ、うわあああこいつらどうしよう、やばい、ぜったいやばい!)
 三者三様の思いが交差する中、黙って背を向け、ウィンは一言だけ呟いた。
「女なんて、鬱陶しいだけだ」
 立ち去るウィンの痛みを、イルムは知っていた。その冷たい仮面の下で、彼が何を思っているのかも。
 イルムは知っている。鬱陶しい女達の中で、唯一そうならなかった女性を。彼がようやく手に入れたはずの彼女を。
「何よ、その言い方…」
「ま、ま、いいじゃないですか、あいつは女嫌いで通ってましたし! あ、えと、俺はいますよ、一応ね」
 追いかけて文句をいいそうだったさやかを慌てて引き留め、ついでに自爆したことに気づく。
 言ってしまった、自分から。しかも別に彼女は恋人という関係ではなかったのに。
「あら、いたんだ?」
「一応、ですよ。ガードが堅くて、デートしたこともないけどね」
「意外ね。たくさんいると思ってたわ」
「女友達はたくさんいましたよ。狙って落とせなくて、結局そのままだから…恋人ってのは、違うかもしれないけど」
 どんどん深みにはまっている。しかしまあ、なんとかウィンから興味は反らせたようだし、しかたがない。いずれ、このことを……。
(無理だな)
 恩に着せる計画はあっさり放棄した。事情を知るものなら、彼でなくともこの状況を利用など、出来はしない。
 
 
 その後もしばらく玩具にされたあと、イルムは少々迷ったが、結局ウィンの部屋へと足を向けた。間借り生活だからどちらにしろ帰らねばならなかったが。
「よぅ」
 明かりをつけず、ベッドにうずくまっているが、眠ってはいないようだ。
「…今は、思い出すなよ。生きてるんだ、いつか会えるさ」
 微かな頷きが返り、手を置いた肩が震える。机の上に伏せられた写真が誰の写真か知っているから、上げることは出来なかった。
 グレイス・ウリジン女嫌いのウィンの、初めての恋人。卒業まで半年を残したときに、軍の研究所の事故で生死不明となった。同じ事故で、ウィンは生死の境を彷徨って。
 死んでいないことだけは調べることが出来たけれど、それ以上は彼らの親でさえ…同僚の娘だというのに、調べることが出来ず、どうしているのかさえわからない。
 軍の規律に阻まれるというなら、上へ行く。
 そう言ってがむしゃらになるウィンがあまりに辛くて、イルムはそれに付き合うことしか出来なかった。お陰で二人とも、試作機の専用トルーパーとなることが出来たけれど。
「俺も上へ行く。お前一人で出来なかったら、俺がやる。だから今は、…少し休めよ」
 まだ暖かいココアを差し出すと、ウィンは顔を上げた。涙の跡があったが、今更隠そうとはしない。
 義務的に口にするココアの、きついくらいの甘さが身体に染みた。彼がいてくれてよかったと、心から思う。もし自分一人だったら、また、壊れたかもしれない。
「…終わらせる」
「…ああ」
 ウィンの呟きを正確に理解して、イルムは答えた。
 この戦争を、一秒でも早く。今は、まだ遊撃部隊の一パイロットでしかないけれど。
「また、あの店でさわぐんだ。…いつまでも、きっと誰も、かわらないよな」
 うん、と。幼いころに戻ったかのように頷いて、ウィンはココアをイルムに返した。
「おやすみ」
 すぐに深い眠りに入ったウィンに、イルムはため息をついた。無論、彼が睡眠薬を盛ったのだ。
「俺がここへ来たのって、ウィンと暴れるためなんだけどねえ…」
 目覚めないことを確認して、イルムは外へ出た。物音で起こしたくないし、そろそろ自分の部屋を用意してもらわないと、間借りが癖になってしまいそうだったからだ。
「俺はかまわないんだけど、さ」
 一人になりたいときが、ウィンには多い。だから、そんなときの避難所が彼にも必要だった。
「あ、アムロさん」
 頭を押さえながら来るアムロを見かけ、ちょうどいいかとイルムは声をかけた。先の戦闘では結局出なかったし、ちょっとウィンの状態を説明して、しばらく動けないことを言っておいたほうがいいだろう。
(しまった…あいつはあれでも軍人だった…)
 彼に必要だったとは言え、睡眠薬を飲ませたのはまずかったかもしれない。いや、かなりまずいはずだ。
「ああ、イルムくんか。お帰り、いいものは見つかったかい?」
「あれ、知ってたんですか」
 あれだけの大荷物を持っていれば気づくさ、とアムロは苦笑した。
「あれは、君の買い物かい?」
「え? あ、いや、あれはウィンの頼まれものっす。あ、あの、あいついま、ちょっと体調崩してて無理やり眠らせちまったんで、すみませんしばらく起きないと思います」
「無理やり? そんなにまずいのかい?」
「いえ、しばらくすれば元に戻るとは思うんですが…ちょっと、事故の後遺症が出てきそうだったんで」
 イルムの言葉に嘘はない。あの事故さえなければ、彼らはここにいなかっただろうし、何よりもウィンは苦しまずにすんだはずだから。
「…ああ、研究所の爆発事故に巻き込まれたことは聞いている。ひどい事故だったそうだね。行方不明者も多いと聞いたが」
「ええ、大半が行方不明です。正確には、爆風で消滅した可能性の方が高いんですが」
 そうか、とアムロは目を伏せた。哨戒任務で世界を回っている自分たちにさえ届いた悲惨な事故から二年が経っている。
 ウィンは奇跡のように生還し、一年足らずで軍に入ってきた。そんな思いをしてまでなぜ、と誰もが思ったけれど彼はけして語らないと聞く。そして彼の父はゲシュペンストのテストパイロットとしてウィンを指名した。
 連邦は虎の子のゲシュペンストも、その唯一の操縦者も失いたくなかったのだろう。わざわざロンド=ベルへ入隊させたのだから。
「もうすぐブライト大佐との合流地点だ。通信が繋がるはずだから、君も来るかい。紹介するよ」
「あ、お願いしますっ」
 その目の輝きに、年相応だなとアムロは微笑った。歴戦の勇士ブライト・ノアの人気は根強い。
 二人が向かった先は、ブリーフィングルームだった。そこには既に皆が集合していて、なつかしい顔触れと画面越しの挨拶を交わしていた。
「すまない、遅れたようだな」
「アムロさん、遅いですよ。もう必要事項の伝達終わっちゃいましたよ?」
「え、そうなのか」
『やはり部隊指令は向いていないようだな』
 ブライト大佐の声に、元気そうでよかったとアムロは笑う。操縦しているマチルダ中尉はそんな彼に声を掛けようとして、ちょっと待って、と他者の会話も遮った。
 ノイズとのやり取りが聞こえてきて、戦慣れしたパイロットたちに緊張が走る。
『ロンド=ベル、すまないが救援を! 敵恐らくDCに襲われた!』
「了解!」
 一際早く、イルムは飛び出していた。先の不足を取り戻したいのかもしれない。
 
 
 ロンド=ベルと補給部隊との距離は、さほど離れているわけではなく、ほどなく彼らは光学で確認出来る空域へついた。三機のミデアの最後尾の速度が遅いが、どうにか進んでいる、間に合ったようだ。
 各自出撃する中、イルムは一足早く飛び出していた。ゲシュペンストの機動力は高いが空中戦は不可能で、そのために山を大回りするコースを取っている。
「ふ…ここは俺の見せ場だな。ウィンもいないし、エマさん、俺の活躍、見ててくださいね!」
 調子いいわね、と苦笑するエマの言葉は彼に届いただろうか。
『あれ? そのゲシュペンスト、イルムくんなの?』
「ですよ。あいつのゲシュペンストとそっくりだからって、間違えないで下さいね。性能、違いますんで」
 何考えてんだろな、あのタヌキ親父たちと心で呟いて、イルムは前を見た。まったく同じ形で造る必要はなかったはずだが、なぜか両者ともフォルムはそっくりで区別がつかない。自分たちでさえ、遠目に見たときには間違うこともあるのだ。
 その会話の間に機体を確認したらしいエマから、やはりDCのようね、と通信が入る。
『DCに、まだこれだけの戦力を出す力が残っていたなんて』
「そうとは限らないですよ。…どこかと組んだかもしれない」
 何があっても不思議はないわね、と答えてエマは通信を終えた。まずは目の前、ミデアを守り切らなければならない。
『急いでこの空域から脱出する! ロンド=ベル、護衛頼みます!』
 マチルダ中尉の声が伝わり、パイロットたちに緊張が走った。
 敵は14、こちらは実質11機、数の上では不利だが戦闘能力には問題がない。と、不意にファの乗るメタスが変形し、飛行形態を取った。
『行きます!』
 確かにメタスには修理装置がある、最後尾のミデアの護衛役としてこれ以上の適役はいない。けれど戦闘能力に劣るメタスだけでは、共倒れの危険があるだろうに!
「チッ、ウィンっ…って、あ」
 ウィンのゲシュペンストならば間に合う、そう思って声をかけた。だが、彼は今。
『MS各機、トロイホースに戻れ! 一気に山を越えるぞ!』
 アムロの命令に反応した数機が次々と着艦する。タイミングが逢わずに取り残されたもの、その意志で戻らぬものもあった。
『俺たちはここに残るぜっ』
『甲児!?』
『ミデアまで収容する余裕ないでしょ。山を越えたらあたしたちが守るわよ』
『あ、俺も待機しますっ』
 ウィンのゲシュペンストと違い、こちらは足が遅い。最大加速をかけたところで飛行形態(メタス)に追いつけるはずがない。
『わかった、任せる。くれぐれも無茶はするなよ』
『了解』
 部隊は完全に二分された。残ったのはスーパーロボット数機にボスボロット、それから
「え、ガンキャノンてキースさんですか?」
『どうせなら出撃前に言ってほしかったよな』
 …おいてけぼりを食らったガンキャノンを含め、五機がミデアの予測ルート上に待機した。
 イルムは各種モニタを確認しながら思う。
 町中の戦闘は避けるべきことだが、果たして可能なのか。わずかに町を逸れるとは言え、山の麓に広がっている。住民は避難しただろうか。巻き込まれることだけはあってほしくない。
「って…、ドローメって、そんなに弱いのかよ…」
 いつのまにか、ドローメのシグナルは失われていた。
 ファの腕前は悪くない程度で、所謂急所を狙うという真似が出来るほどではないと、ここ数回の戦闘でわかっている。けれどドローメは落とされていて、彼女以外に打ち落とせる位置にいるものはない。多少強化されているとは言え、まさかメタスの一撃で堕ちるとは柔かいにもほどがある。
 彼らに追随しているのは、驚きの加速を見せたエルガイムだ。コウのGP01Fb、エマのMKUも既に追いついている。
「っと、来ましたね〜っと…ありゃ、友軍機?」
『何言ってるの、ゲッターチームよ』
『無事か、みんなっ!』
 ゲッターロボの帰還にいち早く答えたのは待機を強いられている甲児だった。
『遅かったじゃねえか、何してたんだっ?』
『すまないっ』
 答えた直後、加速したゲッターロボが戦場へと躍り込む。
 
 
『シーマ・ガラハウ!?』
 生きていたのか、とコウが息を飲む声が伝わってきて、イルムは思わず動きをとめた。
 いつの間に仕留めたものか、既に大将機以外のシグナルが失われている。
 けれど逆に、一歩も動いていないそれは相当な腕の持ち主ということ。
『なんだってのさ、あんたみたいな小僧に呼び捨てにされるいわれはないねっ!』
『小僧だって!? 俺はコウ、コウ=ウラキだ!』
 反射的に言い放ったコウの言葉に、可愛いねえとだけ答えが返った。一瞬の後、コウがビームライフルを撃ち、シーマは機関砲で応戦するが双方墜ちる事なく距離を空けた。
『コウ! 無茶をするなっ』
 牽制のビームライフルがヒットし、アムロがガーベラテトラと対峙する。
『ハハっ、あんたアムロ=レイだね!? 光栄だ、あんたを倒せばあたしの株もあがるってもんさ!』
『そう簡単にさせるか!』
 ビームサーベルがガーベラ・テトラを切る。その一撃は、敵機の腕を切り落とした。
覚えておいで!』
 あっさりと、ガーベラ・テトラは引く。
『アムロさんっ』
『戻るぞ!』
 深追いは厳禁そう、今はそれが目的ではないのだから。
 
 
『いたぜ! DCの奴らだ!』
 不意に通信に響いた声に、戦場の誰もが目を見張った。同時にセンサーは新たな機体の乱入を告げる。数は4、識別コードは…ロンド=ベルとおなじもの。
『救援にきました、ロンド=ベルの皆さん! あたしたちは獣戦機隊!』
『ヨロシク!』
『忍、沙羅、あまり熱くなりすぎるな!』
『バカ言え、ここで熱くならなくてどーするってんだよ! やってやるぜ!!』
『そーゆーこと!』
 仲間の制止もなんのその、熱い二人に圧倒されながら、ブライトが問いかけた。
『知っているかね、甲児?』
『知らねえなあ』
 何故に甲児なのかと言われれば、たぶん性格が似ているからなんとなく彼に声を掛けてしまったと答えるかもしれないが、とりあえず答えを知るものはブライトの身近にいた。
『確か…連邦軍環太平洋軍の特殊部隊じゃなかったかな?』
 彼の息子、ハサウェイ・ノアである。それに記憶を刺激されたのか、コウが思い出した情報を漏らした。
『あ、聞いたことある! 命令違反で有名な、あの問題部隊か!』
『ありゃりゃ…変なことで有名なんだな、オレたちって』
『忍! あんたのせいだよ!』
『何言ってやがる!』
『二人とも、それくらいにしておけ。敵が来るぞ』
 二人の言い争いに発展しそうになったとき、静かな口調で水が差された。よほどこういう事態に慣れていると見える。
『ブライト大佐、コーウェン中将の要請により、我々獣戦機隊、ロンド=ベル配属となりました。よろしくお願いします』
 コーウェン中将の手配か、とブライトは安堵した。よろしく頼むと告げると獣戦機隊は散開し、無駄ありまくりながら絶妙なチームワークで敵を叩く。
 思ったよりも早く収束しそうな状況に息をついたとき、アラームが鳴り響いた。
『敵の増援か! ランバ=ラル隊!?』
『げ、青い巨星ランバ=ラル!?』
 叫んだ瞬間アムロはガンダムを駆り、現れたランバ=ラルに向かう。相手もそれを望むのか、避けようとしない。
 アムロが来るまでの時間かせぎとでもいうかのように、待機していたマジンガーチーム、ゲシュペンストがランバ=ラル以外を屠る。被弾はあるものの、やはり装甲の厚さの前には大したものではない。
 アムロとランバ=ラル、互いに敵と認識しながら、仕掛ける様子がない。
『あのときの坊やが今ではエースパイロットか。時代は変わったな』
『ランバ=ラル大尉、あなたほどの人が何故いまだにDCに手を貸すのです!?』
『連邦のやりくちにはついていけんのだよ。それに、戦いは性に合っているのでな!』
 放たれた一撃をかわしたアムロがビームサーベルで切りつける。二度三度と切りかわし、4度目を待つことなくケンプファーが小規模な爆発を見せた。
『く、不覚を取ったか』
 最後の一機となっていたケンプファーは速やかな撤退を決めた。それを追うものは、誰もいない。