005  謎の訪問者
旧友との再開
「さーてっと、どうするかねー」
 戦闘終了後、ひとまず着艦許可をもらって、イルムはマジンガーZに隠れるようにゲシュペンストを待機させた。格納庫に降り立つと、他の乗組員(クルー)も降り立っていて、旧交を深め合っているようだ。
 自分も同じく、探している人物はいるのだが肝心の機体が見つからない。
「あいつが気づかないはずないし、ぜったいいると思うんだけどなあ…」
「あれー? 誰だい、こんなところにゲシュペンストを置いたのは。ここは客人スペースだってのに、まったく…ウィンの坊やはどこだい、駄目じゃないか」
 ぶつぶつと呟く声に、思わずイルムは吹き出した。彼のゲシュペンストと外見はそっくりだ。見間違えるのも無理はない。
「あ、すみませんそれ、俺の機体です」
 移動されるわけにはいかないので、慌てて声をかけ、紛らわしい状態であることを先に詫びる。
「え、そうなのかい。あれは試作機だって聞いてたから、てっきり一台しかないんだと思ってたよ。すまないね、なんだ坊や、ウィンと知り合いかい?」
 彼と同期で次席だったことを告げると、へえ、と感心したような声が聞こえ、ウィンは一足先に戻って来て、部屋へ上がったようだと教えてくれた。
 我が意を得たり、とイルムはにやりと笑い、礼を言って甲児たちに近づいた。
「よう、イルム」
「あれ、君は…あのロボットのパイロットかい?」
 はい、と頷き、手を差し出す。ミーハー気分ではないが、やはり伝説と言われるエースパイロットに、彼とても憧れぬわけではない。
「イルムガルト・カザハラと言います」
 女性のみなさんもよろしく、と付け加えるあたりで、数名の女性クルーから白い目で見られるが、気にしない。それ以上に彼のことが気になるのだが、降りて来てはいないようだ。
「予定と違うけどよ、オレたちはこのままロンド=ベルと合流して調査に行くからよ、一人で帰ってくれや」
「ごめんね、放り出すことになっちゃって。でも今ので敵もいなくなっただろうし、問題はないと思うから」
 甲児、さやか両名に言われ、少々焦る。焦るが、まあウィンがすぐに来るだろうと踏んで、予定通りの行動をとることにした。
「オレも連れて行ってもらえませんかね」
 言葉を向ける相手はアムロで、さすがにそう言われて戸惑いを隠せない。
「おいおい、気軽に言うやつだな」
「こう見えても戦士としての訓練は受けてますからね。ゲシュペンストもあることだし」
「ゲシュペンスト? …じゃあ、あれは君の機体か」
 隠れるようなゲシュペンストに気づくあたり、観察眼が鋭いようだ。ええ、と頷いてもう一言を告げる。
「親父もその為にゲシュペンストを作ったんだ。役に立たないってことは、ないと思います」
「親父たちと言い直せ。ったくあのタヌキども…」
 たん、たんと軽い金属音を響かせて、空から声が降ってきた。同時に降り立った人影に、イルムがにんまりと笑う。
「いよっ、ウィン」
 たん、と響く手を打ち合う音は絶妙のタイミングで、二人が親しい仲であることが感じられる。知り合いかい、と聞いてくるアムロに、ウィンが答えた。
「士官学校での同期ですよ。最終試験では主席と次席でしたし、腕前の方は保証します。…人格はまあ見てのとおりの奴ですが、悪い奴じゃないですよ」
「お前それほめてんの?」
「けなしてるつもりはないが?」
 むぅ、と押し黙る瞬間を拾って、アムロがつづけた。
「君の保証が信用出来ないわけじゃないが、僕らは軍隊だから、そう簡単にはいかないよ」
「ああ、それでしたら話が…ついてるよな?」
「そろそろ通信が来るころだ、光子力研究所にも根回しを頼んだから、少し手間がかかってるみたいだな」
 ウィンが腕にした通信機を確認するが、まだ返事はきていない。
「あそこの所長さん、真面目そうだもんな。でも話は分かる人だぜ、なんたって俺が着任したの、数時間前だもんな」
「ちょっとまてよ、何の話だよ?」
 甲児が割り込むけれど、ちょいっと交わして通信機を見る。
「すぐにわかりますよ。…あ、来たな」
「俺もだ。…アムロさん、通信回線を99に合わせて下さい」
 言われるままに合わせると、それは勝手に艦内通信を開通させ、初老と言うにはまだ早いと言った感じの研究者らしき人物を映し出した。
『はじめまして、そちらがアムロ=レイ少佐ですな。この度はバカ息子どもの我がままに突き合わせることになりまして、申し訳ない』
「…あ、いえ…」
『ああ、自己紹介が遅れましたな、わたしはテスラ=ライヒ研究所の所長をやっております、ドースティン博士と呼ばれております』
 かたわらのウィンに父親か、と目だけで問いかけると頷きで答えが返った。
『近ごろの連邦軍のやり方に少々不満が出ておりましてな。まあそれを解消するための新機体製作ではあるのですが、何しろケチってロクに実践データを取らせないありさまでして、研究サイドとしては非常に困っていたところです。なので今回、ロンド=ベルに同行させていただけるということでしたら、こちらからお願いしたいくらいでして、今、コーウェン中将どのにもご了承いただいたところです』
「こ、コーウェン中将にもですかっ!?」
 この二人いつのまにそんな根回しを、と固まるアムロを豪快に笑い飛ばし、ドースティン博士は息子とその親友に声をかけた。
『お前達、やることはわかってるな?』
 二人はただ頷き、博士はそれを答えとし、頷き返した。
『近いうちに正式に辞令が届くでしょう。それではすみませんが、実験が佳境に入っておりますので、あとはお任せします。ではっ』
 ぶつ、と唐突に切られ、慌ただしい会見が終わった。アムロはまだしばらく固まっていたが、やがて振り向き、苦笑しながら手を差し出した。
「改めて、よろしく、イルムガルト=カザハラくん」
 
 
 部屋割りなどは後で決めようということになり、ひとまずイルムはウィンの部屋に間借りすることになった。自分のゲシュペンストに着替えその他を積んだままだったというから、どこから計算していたのか呆れるばかりである。
 暫定ではあったがウィンと同じく少尉の扱いとなり、当然のように作戦会議へも参加を要請された。マジンガーチームと調査に向かうはずだったのはまだ20kmほど先で、さほど時間はないが、現状確認のために開かれた会議だ。
 判らないことだらけではあったけれど、DC残党が動いていたのが偶然とは思えない、と意見は一致を見た。
「妙だな」
 となりに座ったハヤトの呟きに思わずウィンが聞き返すと、小声で理由を教えてくれた。異常な事件が、連続し過ぎている気がする、と。
 ウィンはイルムに目配せし、同じ反応が返ったことで同意を確認する。
「火星への移民を求めてきた異星人もいましたね」
 そう、ここ二年の間に、異常なまでに事件が集中していることを疑問に思ったのが二人の父親で、彼らのゲシュペンストはそのために作られた機体なのだ。いずれ、必要になるときが来るからと。
 まだ打ち明けるには早いけれど、この人なら信頼出来る。そう思い、少しだけ真実を答えようとしたとき、強制無線でトーレスの声が急を告げた。
『交戦記録をキャッチしましたっ』
「場所は!?」
『ミノフスキー粒子濃度が高くて、正確にはわかりませんが、隕石の落下場所付近だと思われます!』
 電磁波の到達率を低下させるミノフスキー粒子、両軍とも装備しているが、指令を出した軍がわざわざ散布するはずはないし、自然に存在するものでもない。
「ぐずぐずしていられねえ、いこうぜ!」
 甲児の声に、パイロットは動き出した。
 数分後、ロンド=ベルはDC部隊と戦闘しているらしき機体を見つけた。MSに共通したフォルムのない、見たことのない機体だ。
 交信記録の解析を終えたトーレスから、彼らが異星人であり、地球人に何事かを伝えたいと言っていたらしいことが告げられる。
『なるほどね。…ってか、なんで俺こんなのに乗ってんだよ、こんなときにっ!』
『だはは〜、やったやったあ』
 甲児の声がボスボロットから、ボスの声がマジンガーZから聞こえてきて、思わず脱力しそうになる。だが、出撃してしまったものはしかたがないと、さやかは彼らを無視した。
『助けてあげましょうよ!』
 彼女の声を待つまでもなく、アムロの判断は早かった。
『よし、彼らを救出する!』
 しかし、突然行って、敵と間違われては意味がない。彼らと交信を取れるかと聞くアムロに、使えそうなチャンネルをトーレスが捜し出した。
『聞こえるか、こちらはロンド=ベルのアムロ=レイ少佐だ。君たちは何者だ?』
 返事は返らない。信用出来るかどうか協議しているのか、それとも無線をやられたか。
 
 
「お、こっちは話が通じそうだぞ」
「みたいだな」
「わかんないわよ。油断しないでね」
 ロンド=ベルと名乗った相手の使ったチャンネルに合わせ、ダバは話しかけた。
『僕はダバ=マイロード。地球人に、危機を伝えにきました!』
 無線が生きていたことと、言葉が通じたことに安堵し、しかし告げられた言葉に思わず聞き返さずにいられない。
『危機だって? それで君たちは異星人なんだな?』
『そうです!』
 ダバは彼らがペンタゴナという星系が来たことと、地球が狙われていることを告げた。そして自分たちに敵対の意志がないのに、彼らが襲って来たことも。
『お願いします、仲間ならやめるように言ってください!』
残念だが、彼らは僕たちと敵対している組織だ。戦うしかない』
 ここもか、とダバは冷たい風を心に感じた。
 ペンタゴナでも、ここでも。どうして、人は争うのか。
『ダバ』
 無線で少女の声が伝わってきた。たぶん、同じことを思った彼女が。
『やりましょ!』
 そうだな、とため息をつく。ここで嘆いても、何も始まらない。終わらない。
 ロンド=ベルと名乗る彼らと合流し、敵を討つ。それが今、最良の方法だ。幸いこちらの機体は足が早い、捕まりはしない。
『きゃっ!』
『アム!? 無事か!?』
『こいつら強いわ、気をつけて、ダバ!』
 流れ弾に当たっただけで、機体への損傷は軽微と見て取り、ダバはアムを庇う位置に立った。ロンド=ベルのなかでも足が早いであろう数機が、彼らを守るように周囲に散っている。
『損傷がひどいようなら戦艦へ行け、修理出来る』
 自分と年の変らない男の声だったが、さきほどのアムロと名乗った彼のものではなかった。心遣いがありがたい。
『これくらい平気! ありがと、お兄さん』
 アムの返事に笑ったような気配が伝わった。どの機体か判らないが、眼前の敵たちとは随分違う人間のようだ。
 数分もしないうちに過半数の敵機が落ち、こちらのチームは損傷すら皆無と言っていい。この歴然とした力の違いは、いったいどこから来るのか。それ以上に、この結束の堅さは。
(願わくば)
 守りきれなかった自分が。逃げて来るしかなかった自分がそれを言っていいのだろうか。けれど、それでも。
(彼らがこの星を守りきらんことを)
『救援にきてやったぜ、ロンド=ベル!』
 ありがたく思えよ、と続く言葉に、機体反応が4つ増えていることに気づく。しかし、すでにほとんどが片付いており、彼らの助けはさほど必要ではないだろう。なのに来るとは、やはり結束がそれだけ堅いのか。
『ティターンズ!?』
『救援…だと?』
 しかし、アムロの声は懐疑を含んでいた。信じられない、と言うような。
『味方、ですよね?』
『…だと思う』
『なんだそりゃ!?』
 はっきりしろっての、とキャオが続けるが、それはダバも同意だった。味方ではない者が、何故救援に来る?
『ま、いろいろあったけどね、今じゃ同じ連邦軍ってわけさ』
 女性の声だ。…どちらかというと肝っ玉母さんな雰囲気がなくもない。
『いつまでくっちゃっべてる! さっさと片付けるぜ!』
 その無線が通じたのか、敵機シグナルが一気に増えた。そして、奇妙な形をしていた指揮艦があっと言う間に消え去る。
 え、と思う間もなく苦笑する声が無線に入って来た。
『あいかわらず逃げ足だけは達者だねえ』
 相変わらずなのか。それで指揮官が勤まるのか。…どういう組織だろう。
 非常に問い詰めたい気分だったが、今はすでにそれどころではなかった。
(早い)
 救援機も、ロンド=ベルに劣らぬ働きぶりだった。彼らがもし敵に回ったら、厄介だろう。
 実際、増援も含めて片付くまでに数分も必要としなかったのだ。
『さて、敵も片付いたことだし』
『そいつらをこっちに引き渡してもらおうか、ロンド=ベル』
『なんだと!?』
 今度はこっちか、とダバが苦笑する。なるほど、たしかに彼らが仲間だとはっきり言わないわけだ。
『そいつらがさっきの隕石にかかわっているのは確かだ。俺たちはそれを調べに来た』
 さすがにばれてるか、とダバは思う。隕石に扮して大気圏を突破することで、ただの落下物と思わせる作戦だった。それ以外になかったということもあるが、こうもはやくばれるとは。
『こちらも調査の命令を受けてやってきたんだ、引き渡すわけにはいかない』
 無線機から響くアムロの声に、あれ、と思う。あの態度からして、救援に来た彼らのほうが立場は上だと思ったのに、そうでもないのだろうか。
 ならば腕ずくでも、という声に二度の戦闘を予感する。しかし、あっさりといなす声で彼らは引き下がった。
『むやみに事を荒立てるんじゃないよ。ここは引くよ』
 接触したのは彼らの方が先だ、と言い切る彼女にかみつくものも当然いるが、リーダーの権限だと言い切って、彼らは姿を消した。
「みなさん、ありがとうございます」
 彼らがいなければ、この地で果てていた。誰にも知られぬままに。
 
 
 戦艦内部へと案内され、三人はようやく息をついた様子だった。
 ふと思いついて、ウィンは持って来た秘蔵の玉露を丁寧に淹れ、三人に出して見た。彼らが飲むものとはずいぶん違っていると言われたが、その仄かな苦みと濃い甘みが気に入られたらしく、後日お茶を飲みに来るようになったのはまた別の話である。
「それで、地球が狙われてるというのは?」
 しばしクルーと談笑したあとで、アムロは用件を切り出した。緊張しないように時間を明けたのか、それとも自分が時間を奪ってしまったのか気になったが、まあ一刻を争うという状況ではないからこそ、彼らも落ち着いているのだろうと気にしないことにする。
 ダバは表情を引き締め、語り出した。
 彼らの星が独裁者に統治されていること。その独裁者ポセイダルが何者かと取引し、何らかの技術供与を受けたこと。その相手の目的が、ポセイダルの軍事力を持ってこの星を、地球を混乱に陥れることであること。
 彼らの目的は独裁政権を打ち倒すことであったが、混乱に陥る星があると知って無視出来るほど、利己的ではなかった。そして地球にこの危機を知らせることは、彼らの目的とも一致する。すなわち。
「あなたがたに協力し、ポセイダルを倒すつもりです。受け入れて、いただけますか?」
 くす、とウィンは内心で微笑んだ。となりのイルムも同様だろう。彼らは最高の札を引き当てたのだから。
「信用出来るのか?」
 キースの言葉は、彼らを疑うというよりも、ことの大きさに戸惑っての発言だろう。異星人がせめてくる、そう言われたのだから。
「さっきの行動に嘘はない。…と、信じたいな」
「なら、決まりだ」
 アムロの言葉に、リョウが答える。
「オレたちは人を信じて戦ってる。彼らだって、同じ人間だ」
 俺たちの親父だったら、とイルムが呟く。人間じゃなくても喜んで協力するだろうな、との言葉にウィンは大きく頷いた。人間だからとかいう問題ではなく、事が大きいほど燃える…そんな、困ったタヌキ親父たちなのだ。
「そうだな。コーウェン中将には後で報告しておこう。君たちを歓迎するよ、仲間として」
 笑顔がもれて、握手が交わされた。そしてせっかくだからとクルー全員が集められ、彼らが紹介される。
「俺はミラウー・キャオ、ダバの親友さ。メカニックの腕はなかなかのもんだぜ」
 その言葉に年中人手不足のメカニックたちの目が光る。現状を知る者は彼の今後に黙祷をささげた。
「あたし、ファンネリア・アム。ダバの恋人よ」
 そのわりに、ダバは少々困惑気味だ。どうやら表に出されるのは苦手らしい。
「またまたあ、俺に惚れてるくせに〜」
「誰がじゃっ!」
 一撃肘鉄を食らわせたのちに、あらはしたないと可愛く微笑って見せるが、まあこれで彼女に手を出そうと言う男はいなくなっただろう。
「よかったね、ダバ。話のわかる人たちでさ」
 どこからか声が聞こえてきて、しかしその姿は見えない。
「チャム=ファウ!?」
「え?」
 天井近くからふわふわと降りてくる小さな影、まるで御伽話の妖精のようだ。
「あたし、リリスよ。リリス=ファウ」
「この子はミラリー一族…妖精族の生き残りだが、何か?」
 背中の羽が透けて薄く、ふわふわと漂う様は確かに妖精である。
「あ、…失礼、知っている人にそっくりだったので…」
「リリスに? 嘘だろ?」
 こんなにちっちゃいんだぜ、と摘まもうとするキャオに一撃蹴りを入れて、リリスはアムの肩に座った。
「こりないね、あんた」
 思いきり鼻を蹴られたキャオに水を差し出すイルムの後ろで、瓜二つだぜ、と甲児がつぶやいていた。