004 発端
始まりの予感
イルムガルトは光子力研究所へ何事もなくたどり着き、機体の損傷については驚かれたが、戦闘データが取れたことを告げ、修理を依頼した。
三博士とよばれる白衣の三人組が触ってみたくて仕方がなかったらしく、挨拶もそこそこに格納庫へ飛んで行ってしまい、名前を覚えるヒマもなかったのが少々寂しかったが、まあいいや、と気を取り直した。
「ああ、さやかに甲児くんか、いいところに来た」
自分の後ろに視線が移ったことに気づき、振り替える。
「よろしく、弓さやかです」
「兜甲児だ。気楽にやろうぜ」
なかなかかわいい女の子だけど、ありゃパートナーだな、と隣の甲児を見て諦める。
「今日からここの研究生になるイルムガルト=カザハラ。イルムでいいや、よろしく頼むぜ」
互いの名前を覚えたとみて、弓教授からテスラ=ライヒ研究所からの客員であることと、彼の乗るゲシュペンストがそこの研究内容の一つ、特異点の研究成果だとの説明があった。
二人は感心していたが、…この特異点の研究は専門家以外、理解出来ないことも多い。それを理解したのかどうか、気になるなあなどと思いつつ、弓教授はゲシュペンストを見に行ってしまったので、二人に連れられて研究所内を案内されることになった。
ふとした沈黙があって、甲児がぼやいた。どうして、グレートマジンガーやビューナスAが博物館に入ったんだ、と。
「また言ってる。いい加減にしなさいよ」
怒るというより聞き飽きたという声音でさやかがたしなめるが、いったん火がつくと簡単には収まらないらしい。
もっともそのせいで、パイロットのふたりが行方不明とゆうことだし、それは無理からぬことと言えた。けれど。
「今更そんなこと言っても、始まらないけど」
理解はする。共感もする、けれど。…力がないのだ。今は、まだ。
「かわいくねえなぁ」
男にかわいく思われたくないぜ、と今度は胸のうちで呟いた。彼に追いつくには、そうそう喧嘩を売るわけにいかないから。
「ところでイルム、あんたの親父さんて何の研究してたんだ?」
ロボット工学っていってたじゃない、とさやかからツッコミが入るが、それじゃなくて、と口ごもる。
「ああ、特異点の研究のことか。まあ色々あって、Singularityとも言うんだけど、親父がやってたのはブラックホールをエネルギー源にする研究さ。ちなみに特異点ってのは、宇宙理論でいうとあらゆる物理量が無限大になる点のことで、えーと、ブラックホールが無限大の質量を持ってるって聞いたことないか? それのことなんだけど」
「ブラックホールって、あれよね巨大質量の星が爆発しないで無限に収縮を続けて、すごい重力が発生するっていう…あ、だから無限大なのね」
「そう、それ」
あー、助かった説明しなくてすんだ、と胸をなでおろす。
「へえ、そんなことしてんだ。出来るのか?」
「出来るらしい。まだ研究中だけどね」
「ウソでしょ? グランゾンじゃあるまいし、そんなこと…っきゃあ!?」
地面が揺れ、思わず壁に手をついて体制を保つ。
「おわっ」
「っと…地震じゃないな」
顔を見合わせ、いっせいに弓教授のいるほうへと走り出す。敵襲の可能性が否定できない。
グランゾンという言葉は気になったけれど、それは後のことだ。
「おお、さやか、甲児くんいいところに」
頼みたいことがある、という弓教授をさえぎり、甲児が揺れの原因を問いかける。
そのことなのだと教授が答え、画面いっぱいに地図が表示された。
「さきほどの地震は青木ヶ原樹海に隕石らしきものが落下したためだ。その調査にいってもらいたい」
地図に示される場所は大雑把だが、座標軸があるから特に問題はない。しかし。
「らしきもの、とは?」
教授は一つ頷いて、シミュレーションを見せる。
「大気圏突入の角度が不自然だったのだ。あのサイズならば、衝撃でバラバラになるはずだ」
あるいは宇宙船かもしれない、と呟くように続ける。
「異星人ってこと?」
「…この間のインスペクターか?」
監査官、とイルムが口の中で呟く。第三次大戦の記録でその言葉を見た覚えがある。一瞬だけだったから、内容など覚えていないけれど、おかしな言葉だと思った記憶がある。…が、そんな極秘資料をどこで見たのかといわれると答えられないので、声には出さない。
「それを調べてもらいたい。頼むぞ、二人とも」
「オレも行っていいすか?」
「む?」
不意に名乗りを上げたイルムに戸惑うが、彼は着任したばかりの上に大事な客人で、危ない真似をさせるわけにはいかない、と答えにつまる。
「ゲシュペンストのテストもありますからね。それにこんなチャンス逃したら、オヤジにどやされますよ」
どやされるのは事実かもしれないが、それ以上に本人が行きたくて行きたくて、という雰囲気なのが見て取れる。
しかし。
「まあ、いいだろう、ナイメーヘン士官学校を次席で出ている君だ、無理はせんだろう」
くれぐれも気をつけるようにと言い含める弓教授にしてやったり、と会心の笑みを浮かべる。
「すいませんね、わがままいっちゃって」
本心じゃないだろう、といっせいに周囲の心からツッコミが入ったのは、さすがに届かない遥か彼方の出来事である。
それぞれの愛機を駆ることしばし、示されたあたりへ近づいたとき、イルムはようやく口を開いた。
「ところで、インスペクターって何だい?」
あれ、という雰囲気で答えが返る。第三次大戦の敵だった異星人のことだと言われ、ようやく理解する。
「なるほどね」
しかし理由が名無しじゃ困るから、というのは、どうにも苦笑するしかない。
『おおい、かぶとぉ〜』
無線にいきなり声が飛び込んでくる。確認すればそこに、ボスボロットが。
「ボス!?」
危ないから帰れ、と甲児が怒鳴りつけるが、そりゃねえぜ、と帰る気配は見せない。
「いいんじゃないの、甲児くん、枯れ木も山の賑わいっていうし」
「いいこというねえ、さやかちゃん♪」
「褒めてないとおもうぞ、オレは」
そこへ弓教授からの通信が入った。ロンド=ベルがこちらに向かっており、さらには二人が復帰出来るという。
ロンド=ベルの立場が少しはよくなったみたい、と素直に喜ぶ二人に、コーウェン中将の後押しのおかげだ、と弓教授もうれしそうだ。
その裏で、イルムはニヤリと笑った。
ロンド=ベルには、彼がいる。
「未確認だがDCとティターンズが動いているとの情報が入った、気をつけてくれ」
「ティターンズって、DC残党の寄せ集め部隊?」
「ジャミトフとかって奴がつくったんだろ」
上のほうの考えることはわからない。ちょっと心配よね、とさやかが呟いた。
「だーいじょーぶ、オレ様にまかせてちょうだい」
寄せ集めといっても、けっこうな精鋭がそろってるんだよなあ、とイルムは呟いた。しかしそれは、自信満々なボスの言葉にかき消され、しかもボスの発言は無視された。
「何か来たわ!」
レーダーに反応が現れる、かなりの数が来た。
『ありゃ、あしゅら男爵だな。こりねえヤツラだぜ』
識別コードを確認したのか、甲児の呻きが聞こえた。数も機体も手ごわい相手と言えるのはグールくらいだが、少々距離がある。
しかしここは装甲がものを言うぜと打ち合わせもなしに突っ込む二人に、後ろからアフロダイAとボスボロットがついてくる。
この二人、一緒にしておくとかなり危ないわね、などと思いつつ、さやかは次々と落とされていく敵機を見る。どうやら修理の必要もなさそうだ。
二体とも火力があるので、コンビネーションというよりもそれぞれが競い合っているというところだろう。それはそれで全く問題がないので、放っておくことにする。
『無事だったか!?』
なつかしい声が無線に割り込み、サヤカは迷わず答えた。
『助かったわ』
そう簡単にやられるかよ、の甲児の声と、助かっただわさ、のボスの声も聞こえただろう。
『あとは私たちにまかせて!』
エマの声にようやく戻って来たんだ、と実感がわく。しかし指令を出す声はアムロのもので、やはりまだブライト大佐は復帰していないということだ。
いや、自分たちが復帰したということは、連邦も考え直したということだ。きっと、前のように一緒に戦える。
(ちゃっかりしてるけど、新しい仲間もいることだし、ね)
いつの間にか、ロンド=ベルの中にゲシュペンストをみつけ、サヤカは苦笑した。
さて、と画面に向き直る。自分の役目は彼のサポートだ、どうせ突っ込んでボロボロになろうだろうからついて行かなければなら…な…。
(ど、どういうことよこれ…)
ロンド=ベルに一騎、マジンガーZの隣りに一騎。まったく同じ識別コードを持つゲシュペンストがいた。
『ち、ブロッケン伯爵まできやがった!』
混乱よりも目の前のこと、と慌てて思考を切り替える。敵増援はブロッケン伯爵のグール、二体同時となれば被弾は免れない。ロンド=ベルの面々が間に合うまで、自分がサポートするしかない。
アフロダイAは、パートナーの元にかけつけた。
『ほんと、修理装置がついててよかったわ』
イルムのゲシュペンストとマジンガーZの集中砲火にあっさりとあしゅら男爵のグールが落ち、ブロッケン伯爵のグールはゲッター1に片付けられ、機械獣たちはMSチームが片付けたようだ。
あっけないほどの火力の差で、勝敗は決した。しかし。
『さやかさん、死んだとおもうかい?』
『生きてるわね、間違いなく』
『ゴキブリ並にしぶてえだわさ』
きっと再戦は、そう遠い日のことではないだろう。