003 接触
イルムガルト=カザハラ
「いいよなあウィンのやつ、ロンド=ベルに入隊かよ。しかも新型機のテストパイロットだもんなあ」
 ぶつぶつと呟くのは太平洋横断中の新作スーパーロボットのコックピットの中の少年、イルムガルト・カザハラである。
「そりゃあ俺も新型っちゃあ新型だけど、プロトタイプだぜ? 俺だってMS(モビルスーツ)動かせるのになあ」
 ぶつぶつと呟く彼は、ウィンの同期生であり、彼らの父親が同じ研究所にいたための幼馴染ともいうべき間柄である。親友といって差し支えないと思うくらいには親しいのだが、それはそれで敵愾心(ライバル心)というものが芽生えてしまい、事あるごとにウィンと競ってきた。
「士官学校の成績がモノ云うんだもんなー…在学中に主席を守り続けた奴に、成績なんかで勝てるかよ…」
 配属前の試験操縦の腕前では、大差はなかったのだ。ウィンがMSに適性を示し、イルムはSRに適性を示しただけで。
 軍もそれを認め、成績を考慮したわけではなかったが、イルムガルトにはこの機体が与えられた。どちらも破格の扱いであるがぶつぶつと呟いているのは、つまり。
「いーんだけどさあ、なんでよりによって俺が研究所出てかなきゃなんないわけ? 研究もデータ取りも、わざわざ光子力研究所にいかなくたって出来るじゃん」
 遠距離移動のチェックだのなんだのと理屈をつけられ、しかし結局ウィンと違って階級もない一研究員として、光子力研究所に送られることになったのだ。たった一人で。
「さみしいとかいわねーけど、なんで軍研究所じゃダメなわけ? どこだっていっしょじゃん」
 云いたい放題おまけに膨れっ面を披露した瞬間に、警報が響いた。
 未確認機体の反応だと気づき、表情が引き締まる。
 一瞬で迎撃態勢を整え、黒い機体はフライヤーと共に地上に降り立った。敵か味方かも分からなかったが、とりあえず撃ってきたのであっさりと打ち落とす。
「なんだよ、あっけねえ…」
 拍子抜け、という言葉がぴったりの心境で、それでも油断なく周囲を調べた。そして、カメラ・アイが奇妙なものを映し出したのを見て絶句する。
「なんだこれ…遮光器土偶かよ」
 士官学校入学以前の記憶が蘇る。原始時代のシャーマニズムに興味はなかったが、それでもその異様さは記憶にあった。宇宙服だとかいろいろ言われた時期もあるようだったが、結局今に至るまで解明されていない、謎の土偶。それそっくりの、しかしサイズは戦艦なみという謎な機体をカメラ・アイは捕らえていたのである。
 気づくと同時に、複数の未確認機シグナルが表示された。
「へえ…ゲシュペンストの性能確認にもってこいだぜ」
 不敵に笑うイルムガルトの載る機体、それもまたゲシュペンストと呼び表されていた。そのフォルムはウィンの乗るゲシュペンストとまったく同じだが、素早さよりも一撃必殺の威力を求めた成果が、SR型ゲシュペンストである。
 それが何故同じ呼び名なのかは、誰も知らない。恐らく名付け親である彼らの父親ならば知っているのだろうが、答えるとも思えないから二人は共に聞こうと思ったことすらない。
「へへ、ばったばったとなぎ倒しっ! やってみたかったんだよなあ、これ」
 嬉しそうに二体を切り伏せ、遮光器土偶に向き合う。流石に相手をするには大きいが、データが取れるに越したことはない。
「チェ、しかしこれじゃデータにならないぜ…もうちょっと来ねーかな」
 呟いた瞬間に、まるで待っていたかのようにシグナルが再び増えた。それも、先程までの比ではない。
「うへ…サービスのいいこって」
 機体数を確認しようとして、また別の反応の機体があることに気づく。
 乱世一歩手前の地球上でシグナルを発信していない機種など、聞いたことがない。ましてその外見に、見覚えなどあろうはずもなかった。
『そこの黒いロボット、何故襲われている?』
 不意の通信は、全回線チャンネルを使ったものだった。まさか言葉の通じる相手が載っているとは思わなかったために、イルムの反応が遅れ、重ねて問いかけが来る。
『答えろ、何故襲われている?』
「さあね。俺はやつらと知り合いじゃないんだ、わからないよ」
 というか、正直なところ襲ってくる相手の理由など、どうでもよかったりするのがイルムである。売られた喧嘩は買うのが彼の身上だ。まして識別信号で区別のつく相手に襲い掛かるのであれば、人違いなどあるはずもない。
『ふむ、放っておくわけにもいかんな、手助けしよう』
 イルムに下がれと指示を出し、手近の一機を落とす。その威力、イルムのゲシュペンストに劣らない。
「お言葉に甘えてってわけにもいかないな、お好きにどうぞ」
『ああ、そうしよう』
 ま、礼だけは言わせてもらうよ、と呟いたイルムの声は届いただろうか。
「で、あんた親切だけど、何者だい?」
『さあな。通りすがりのお節介焼きだ、気にするな』
「うあ、またシグナルがふえやがった…今度は何だよっ?」
『なんだ、またお前達か』
『あら、またあなたなの? 人の世話をするのが好きみたいねえ』
 妙齢の女性の声が聞こえ、双方が知り合いらしいことを悟ったが、口を挟めない。
『そういうわけじゃない』
 少し戸惑ったような声に聞こえるところを見ると、向こうも困惑しているらしい。
『ま、俺たちも手伝わせてもらうよ』
『正義の味方ですものね』
『そーゆーこと』
 最初は女性が操縦しているのかと思ったが、他に聞こえた声は男の声、どちらも若い。あれに三人も乗ってるのか、とその設計に驚いたがとりあえず、それは忘れてることにした。
 数の上では3対6、不利なはずだったが、あっさりと方はついてしまった。
『さて、片付いたな。もう大丈夫だろう、気をつけていきたまえ』
「まあ、助けてもらったことに変わりはないから礼だけは言っておきたいとこだけど、名前くらいは聞いてもいいよな?」
『威勢がいいな。だが名乗ったところで会えるとは限らん。君がそれに載っているかぎり、いつか出会う。そのときにでも名乗ることにするさ』
 ではな、と告げて機体が一気に加速する。その機動力、残念だがイルムのゲシュペンストでは追いつけないのは明白だ。
『あらら、また行っちゃった。へんなヒトねえ』
『それを言うなら俺たちもさ。さて、俺たちも行こうか』
『そうそう、私たちはゴーショーグンチームよ。あ、そうそうこれがお土産。それじゃ』
 シーユーアゲイン、の響きも消えぬ間に、ゴーショーグンと名乗ったSRも消えた。加速というよりも瞬間移動のような唐突な消え方で。
「あんなの、聞いたことないなあ…まあ変な奴らじゃなさそうだけど」
 軍の最新機であるから、機体データはかなりのものが入っている。けれどどちらにも該当する機体がない。あれだけの力を持つ機体、敵に回ると苦戦を強いられるだろう。
「さてと、これ以上ここにいてもかわいい女の子は期待出来ないし、とっとと光子力研究所に向かうかな」
 コックピットの中で大きくノビをすると、イルムは再び操縦桿を握り締めた。