002 発端
再開
上海の地へたどり着いたとき、機体の損傷はなかなかと激しく、何事かと注目を集めることになった。しかし整備士は意外にも笑い飛ばした。
小競り合いは珍しくもないし、まして単機の新型であれば余計に危険は高い。それでいながら無事に切り抜けてきたウィンの運の強さ、腕の良さは中々のものだと笑い飛ばしたあと、声を潜めた。
「燃料が切れたというか、最初から入ってなかったみたいだね。エネルギーメーターが故障してたよ」
故障ですか、と聞き返すウィンにモーラは頷いた。最近連邦軍は弛んでるからね、と。
意趣返しの一環かと一瞬考え、しかし虎の子のモビルスーツにそれはないだろうと思い直し、最終チェックは自分でしたほうがいいとの言葉に頷く。
とんだ騒ぎだ。父にも報告がいくだろう。…まあ、あの父親だ、笑い飛ばされて終わりだろうが。…いや、もしかしたら小言が来るかもしれない。
「小言はいやだ…」
思わず呟くウィンの言葉を聞き止めたか、モーラが笑う。
「ま、上のほうはその程度で動かないだろうけど、配属の報告があるんだろ? アムロ少佐の部屋は二階だよ、報告書作ってもってきなよ」
機体はきっちり直しておくから心配するなという彼女に礼を言って、割り当てられた部屋へと向かった。
荷物を置いて報告書の作成、これは定形書式があるから大した時間もかからず、すぐに報告へと向かう。
扉の前で一呼吸置き、呼びかける。
「アーウィン・ドースティン少尉です。ただ今到着致しました」
扉が開き、同時にアムロ=レイが出迎える。
「ようこそ、ロンド=ベルへ。歓迎するよ」
敬礼していたのに握手を求められ、ウィンは少し戸惑う。ここは型に縛られないと聞いてはいたが、まさかいきなりこう来るとは。
「僕はアムロ=レイ少佐。今のところ、ここの指揮官ということになっている。よろしく、ドースティン少尉」
「はい、よろしくお願いしますアムロ=レイ少佐」
しっかりと握り返したウィンにふと首を傾げ、ああ、と呟く。
「そんなに堅苦しくしなくていい。ロンド=ベルは自由なのがウリだ。…まあみんな、さんづけで呼ぶくらいかな」
「…そう、なんですか」
型に縛られないからお前を送り込むんだ、と言った親父殿の言葉が蘇る。
「わかりました。では私も、ウィンでお願いします」
少尉と呼ばれることの気恥ずかしさというかなんというか、卒業成績と親のゴリオシ、PT(パーソナルトルーパー)を持つための措置的職位だから、実は馴染めないでいたウィンである。気安くは出来ないが、気張らなくていいのは素直に嬉しい。
「OK、ウィン。デスクワークも一区切りついたし、みんなに紹介しよう」
立ち上がりかけたアムロに合わせるかのように通信音が響く。司令部からの通信だ、とウィンをそのまま待たせて通信に出る。
「アムロ少佐、すまんが至急青木ヶ原樹海へ向かってくれ」
「コーウェン中将!?」
どうしてわざわざ中将が、と慌てた様子で聞き返すアムロに、極秘任務だと答えがかえる。
盗聴の恐れのある一般回線が使えないということだ。自分がそこにいていいのかと迷ったが、どちらからも退出は命じられていないので同席することにした。
光子力研究所から兜コウジと弓さやかの両名がロンド=ベルに編入されることになるはずだとコーウェン中将は告げた。
「解析コードはA−27を使ってくれ。…では、健闘を祈る」
通信は手早く切られた。コーウェン中将も忙しい身だ、この通信の時間を裂くのも大変だっただろう。
「急いでみんなをブリーフィングルームに集合させないとな…」
気が重そうなアムロよりも、たったいま聞いたその一言のほうが気になった。
「マジンガーチーム…」
外されていたのか。ロンド=ベルから。たしかに何機か博物館に入れられたという話は聞いたけれど。
意識せぬままにウィンは呟いた。それを聞いてアムロは表情を隠して、今はもう、独立部隊じゃないんだよ、と告げる。
「詳しいことはあとで教えよう。今はブリーフィングルームが先だ」
ほどなく、パイロットすべてがブリーフィングルームに集合した。ウィンは簡単に紹介されたあと、そのまま作戦会議に巻き込まれることになり少々面食らった。
あまりにも、今までいた軍隊と違い過ぎて、非常にやりやすい。
(親父に感謝だな…)
会議中だから表情には出さないが、どこまで見てるのかあのタヌキ親父は、と苦笑したくなる。
アムロが一通りの作戦内容を説明し、質問を募る。
「その、落下した隕石ってホントに宇宙船なんですか?」
質問したのはコウ=ウラキ、たしか少尉だったかと思い出す。…が、名前だけでいいか、とすぐに切り返る。
極秘作戦の内容は、隕石の調査だった。いや、正確には、隕石に見える宇宙船らしきものを調査せよ、との内容だ。
「我々の知らない異星人である可能性が高いということだ」
「インスペクターじゃないんですか?」
柔らかい声が聞こえ、覚えてきた資料と名前を一致させる。エマ=シーン中尉。たしか、なかなかと複雑な経歴の持ち主だったはず。けれどまたそれも忘れ、名前だけを記憶する。しかし、彼女の発した言葉は、聞き覚えのない言葉だった。
「インスペクター…?」
監査官の意味の言葉だ。異星人を表すには相応しくないような気がする。…誰が、何を監査するというのか。
呟いた言葉が耳に入ったのか、エマがああ、と頷いた。
「第3次大戦で戦ったあの異星人のことよ」
彼らが自ら『監査官』と名乗ったからそう名付けたのだという。…分かりやすいが、安易だ。いや、そう名付けられた方はそれでもいいという程度にしか、こちらを認識していないのか。
ウィンが状況を理解したと見てとって、アムロは調査の指示を出した。
「未確認だがティターンズが動いているとの情報も入って要る。ぐずぐずしてはいられない」
「了解した」
一言答えたのはゲッター2のパイロット、リョウという名前だったか。変形し、それぞれがメイン操縦士となるあの仕組みはかなり興味がある。
それぞれが持ち場に付こうとする中、ウィンは手近の一人を捕まえた。
「さっきのティターンズというのは、何ですか、先輩?」
聞いたことが無いんですが、と続けると話しかけられた先輩パイロット、キースが、あれ、という顔をする。
「士官学校で習わなかったのか? ジャミトフ中将が作った治安維持部隊だよ」
2カ月くらい前かな、と続き、思い返せば、すでに自分は研究所に移っていたころだ。ジャミトフ中将の名前には覚えがある。
「そうか、元DCのメンバーを使ったっていうあれか…」
「荒くれ者揃いだからな。…気をつけろよ」
その忠告に、ウィンは素直に頷いた。そしてすぐに搭乗機で待機し、その修理の手際よさに舌を巻いた。傷などなかったかのように直され、エネルギーメーターも修理ずみだ。
疲れるからぎりぎりまで登場するな、と慣れた戦士たちは言う。一日中乗っていたところで疲れたりなどしないが、確かにずっと座っていたいかと言われたら答えはNOだ。
何人かと言葉を交わし、一通りの名前と顔が一致したころ、艦内放送が間もなく目的地であることを告げた。けれど誰一人、無意味に緊張することもなく皆自然体だった。
「コウジ君たちは先に調査に向かったらしいな。元気でやっているようだ」
リョウの言葉で、隊員同士もやはり仲がいいのだな、と少し不思議な感じがする。…軍とは凌ぎを削り合うものだと思っていた。だから行きたくなかったし、
逆に、行くしかなかったのだ。
「元気、っていうか…何か戦闘してるみたいですよ!?」
焦った声でトーレスが叫ぶ。
彼らが表立って戦闘する相手、それは。
「DC残党か」
ハヤトの一言で、船内に緊張が走る。やがてマジンガーチームが視認出来るようになり、ようやく無線が繋がった。
二人とも無事と知り、ほっとした空気が漂うのも束の間、出撃可能な機体は全て発進する。
機体の少なさから、布陣というほどのものはない。けれど互いに援護しあえる距離を保つのは歴戦のパイロットの智恵か優しさか。
「ウィン、無理はするなよ」
「了解、援護にまわります」
ハヤトの言葉に頷き、素早く機体データを照らし合わせる。詳しいデータはわからないが、機体名から或る程度の火力の想像はつく。
奥にいる戦艦はグール、簡単には落ちない。…というより、因縁の相手であるマジンガーチームに任せるべきだろう。
ロングレンジを生かした援護をすることに決め、森の中へと隠れる。狙いは付けにくいが、森の中から見た方が狙われにくい。
「俺の前に出たのが不運だったな」
まっすぐに来るMSを一撃で撃墜し、仲間の動きを見れば、皆同じように森を移動している。誰ひとり止まる事なく射程を生かし、時には接近戦を挑んでほぼ無傷のまま、次々と落としていく。その中でもやはり異彩を放つのは。
(さすがエースパイロットだ…)
アムロの載るガンダムは初代のもの、性能はゲシュペンストより劣るはずなのに一撃も食らわず、外さない。あれが、激戦を生き抜いたエースの腕か。
狙いの定めきれない数機は、まるで流れ作業であるかのように入れ替わり立ち代り、次々と屠っていく。
やがて襲い来る敵がいなくなったころ、衝撃波と共にキノコ雲が空に広がった。
「グールが落ちたか」
残りの機体を確認すれば、グールと思しき反応は残っている。けれどキノコ雲が出る爆発など、戦艦クラスでなければありえない。
いつの間に二機目が来ていたのか。
彼らの移動に気づけなかったとは、思ったよりも緊張しているということか。
一瞬の逡巡の間に、二機目も落とされた。それを落としたのはマジンガーチームではない、ゲッターチームだ。既に彼らは攻撃していたということだ。
やはり、まったくと言っていいほど気づけなかった。相当に緊張していることを自覚し、息を吐く。
スーパーロボットの、なんという火力。知っていたはずなのに。
「って…あれ?」
見覚えのあるシグナルがレーダーに表示されていた。いや、見覚えがあるというよりもこれは。
「ゲシュペンストが向こうにいる…?」
ゲシュペンストは二機、存在している。その名のとおり、まるでどちらかが幽霊であるかのように。
ウィンの顔に、苦笑が広がった。