001 接触
アーウィン・ドースティン
「まさか親父に感謝することになるとはな…」
不本意、と顔にありありと滲ませながら、アーウィン=ドースティン、通称ウィンは呟いた。場所は、上海へと向う大海の上である。
卒業から一年遅れで、勇士の誉れ高きロンド=ベルへ、彼は配属が決まったばかりだ。
父親の手回しによって、どこへ配属されようともウィンのPT(パーソナルトルーパー)となった、ゲシュペンストの中で、油断無く計器に目を配りつつも、憮然とした表情である。
「だがムチャを通したのはわかるが、だからといって海を単独で横断しろとは連邦も無茶を言う…」
確かにそれだけの燃料も積めるし、多少の戦闘なんぞものともしない自信はあるが、それにしても意趣返しにしては度が過ぎて…いや。
「あの親父たちに対する意趣返しには生易しいか。となると、やはり懐事情だな…」
戦火真っ只中への配属ならばともかく、ロンド=ベル隊への配属なのだ。今の任務はほとんど哨戒にとどまっていると聞く。やはり虎の子のゲシュペンストは、簡単には破壊されたくないのだろう。
不意に、画面いっぱいにアラートが表示された。その示すシグナルの意味は、
「ガス欠…だと…?」
出てくる前に満タンにしたはずだ。その量は、太平洋を2往復くらいは出来るはず。
とはいえアラートが出鱈目を表示するとも思えず、眼下の地形を確認し、ゲシュペンストは急降下した。
「完全にガス欠か。プロペラントタンクくらい積んで来るべきだったな」
原始的な方法で…つまり中を覗き込むと言う確実な方法でエネルギータンクを調べ、ウィンは自分のミスと認めた。連邦の技師にまかせっきりで、計器のチェックしかしなかったのは迂闊としか言いようが無い。
舌打ちをしつつ、自分のノートパソコンをGPSと連動させた上で、近辺の地図を表示させる。
近場に連邦軍の基地があれば補給を依頼するつもりだったが、残念ながら無線が直接届く範囲にはないようだ。衛星回線を使って連絡を取ること…出来なくはないが、個人持ち(しかも本来であれば持てるはずのない軍事機密)である以上、使いたくはない。というか使えない。
予定時刻までに付かなければ偵察か迎えが来るだろうか。信号弾を打つ手もあるのだが、勢力圏内を離れている以上、危険は冒したくない。
つかの間考えて、ウィンは各種アイ以外の電源を落とそうとコックピットに戻った。かなり危険だが、無線用に余力を残すには、他に方法がない。
「敵…だと!?」
電源を落とす間もなく、センサー・アイは機影を知らせて来た。シグナルの意味は『友軍機ニ非ズ』
しかも、かなりの数だ。
ウィンは唇をかみ締めた。
弾薬はある。この場を動かなければ、スプリットミサイルくらいなら使えるだろう。けれど機体が動かなければ、避けられない。
それでも、照準を合わせる手に震えはなかった。諦める気などないのだ。そのために、今ここにいるのだから。
「チッ…遠すぎるか」
エネルギーをそのまま打ち出すに等しいビーム系は使えない。スプリットミサイルはかなりの射程を持っているが、距離がありすぎた。狙い撃ちされれば終わるが、幸いにも敵はマラサイやザク改、ミニフォーの混成部隊で、射程は大したものではない。恐らく偵察部隊なのだろう。
広域図面に切り替えようと手を伸ばしたとき、更なるシグナルが増えた。しかしその意味するところは『未確認機』
所属不明というよりも、識別信号すら出ていない機体である。
「うわ…なんて大きさだ」
距離からするとまだレーダーに引っかかっただけのはずなのに、カメラ・アイは光学で捕らえていた。そしてそれの砲門が自分を捕らえていることに気づき、ウィンは愕然とする。
ゲシュペンストの射程に捕らえられない距離で、動けない状態で撃たれたら。
射口と思しきあたりに光が見えた瞬間、ウィンは目を閉じ、一瞬の後、覚悟したよりも軽い衝撃に目を開いた。
『助太刀する』
短い言葉が、無線に送りつけられた。すぐに手近の一機を屠る機体に、ウィンはその意味を理解した。が、どんな巨大サイズであっても一機しかない。せめて可能な限りはこちらも援護を、と、全センサーの電源を入れる。切れたら切れたときのこと、と半ば吹っ切ったかのような潔さでもあったが、その意思は軽く裏切られた。
「エネルギーが回復している!?」
あの一瞬の衝撃はそれだったのかと理解したと同時に、南方の敵を無視してゲシュペンストが走る。無論、謎の助け手一人に任せっきりにするなど、ウィンのプライドが許さないためである。
追いつかれたら迎撃すればいい。それがウィンのスタイルだ。
けれど追いつくよりも先に、アラートが新たなる機体の出現を告げる。
「くそ、また増えたかっ」
思わず毒づいて機体番号を調べる。これはMSではない、スーパーロボットクラスの反応だ。
敵か味方を判断するよりも先に、通信が飛び込んでくる。
『そこの君、連邦の子だろ? 俺たちも助太刀させてもらうよ』
ひと言告げるが早いか、間近の一機を落とす。その威力、やはりMSの追いつくところではない。
『DCとは因縁浅からぬ仲って奴でね。ま、深いことは気にしなさんな』
『通りすがりの正義の味方よ』
軽く皮肉ったような口調に、ウィンはため息をつき、言葉を返した。
「お好きにどうぞ」
今日は命知らずなお節介好きが多いらしい。
(
なんだ、あの性能・・・)
謎の乗り手操る巨大MSは、その威力も見た目に比例したものだった。乗り手の技量も凄まじく、その悉くを一撃で葬り去る。
後から現れたSRは、敵をひきつけるつもりか追いかけては来ない。
ウィン操るゲシュペンストは荒削りながらも確実な剣舞を見せた。
そして機影を確認してから5分
戦闘は、ウィンたちの圧勝である。
「終わってみれば、貴方の手を煩わせるほどのこともなかったか。けれど助かりました」
動揺の欠片も見せず、ウィンはいつもどおりの態度を貫いた。
連邦の虎の子であるゲシュペンスト、まだ試作機だとはいえ、MSの中ではトップクラスに位置する機体が追いつけないその科学力
いったい、何者なのか。
『はは、強気だな。若い証拠だ。だが、まだ戦場に出て日が浅いな』
「……」
ウィンの無言を肯定と受け取ったのか、それとも問いかけではなかったのか。乗り手は言葉を続けた。
『私もそうだった。人の手を煩わせることはプライドが許さなかった。だが、人の手が借りられるときは借りることも考えたほうがいい。一人で抱え込めば崩壊する、それが戦場だ』
「…肝に命じておこう。名を聞かせては?」
戦闘は終わった。彼はすぐにでもここを去るのだろう。自分にそれを告げるために、彼は残っているのかもしれない。そう気づいての問いかけだった。
『いずれ、な』
それは再び出会うという意味だろうか。そのときは、…また、今のように共に戦う相手であるのかそれとも。
ほんの一瞬想いを巡らせている隙に、ゲイオス・グルードは遠ざかり、すぐに消えた。加速をかけたのだろうが、驚くべき機動力だ。
『さーて、オレたちも退散しましょ』
『そうだな。君に護衛はいらなさそうだし。あ、それとこれ土産。機体の損傷分くらいにはなると思うからさ』
『今度出会うことがあったら名乗らせてもらうわ。とりあえずゴーショーグンチームとでも覚えておいてね。それじゃ、シーユーアゲイン♪』
軽快な女性の声を残し、機体は一瞬にして消えた。残されたのは金塊のようなものと…
「バイオセンサー…回収しそこねたか」
センサーを正確にすることで射程を増やす、遠距離攻撃のMSならば誰もが欲しがる追加装備だ。確かにこれなら損傷分の穴埋めになるだろう。
鮮やかな手際にため息を一つついてから、周囲を探り、機体の損傷状況を確認する。
内部計器に異常がないことを確認したあとで、ウィンはゲシュペンストを降りた。
地面に降り立った瞬間に、足元がふらついて機体に背を預けて座り込む。
日にかざす腕が、震えていた。原因は分かっている。分かっているけれど。
「治るわけない…か」
その唇からは生気が失せ、その頬も指先も、死人と間違うほどに色が失せた白色だ。無論この色が、彼の肌の色のわけがない。
彼の配属が一年遅れた理由は、研究所での事故である。その内容は極秘にされたし、犠牲者も公表されていない。
出来なかったのかもしれない、と彼は思う。
一瞬で蒸発した人々もいる。苦しみ死んだ研究者がいた。彼らはただ、新しい玩具を
ロボットを作っていただけだ。
夢半ば。志半ば。
いや、生すらも半ばで止められた仲間のしていたことを、その違法性に対し、非難を浴びせたくなかったのだと思いたい。
数少ない生き残りのウィンは、どういうわけかあの事故とは関係のない別の研究所の事故として扱われていた。それも、自分の父が所長を勤めるテスラ・ライヒ研究所に。
それが誰の仕業なのかは知らないけれど、軍の仕業でないことだけは確実だ。一度として追求はなかったし、現にこうしてPTまで与えられて、軍に勤務することになった。
確かにそれは、自分の望みではあったけれど。
太陽の光を浴びたまま目を閉じる。
震えが止まり、下がりきった体温が温もりを取り返すのを待って、ウィンは立ち上がった。
見上げるゲシュペンストの損傷は、激しくはないけれどかなり目立つ。せっかくの新機種だったのに、配属前から傷だらけだ。
「親父が泣くだろうなあ…」
配属直後、こんな状態になったと知られたら。しかもこれは、不可抗力とは言え私闘になるのではなかろうか。
「まあ、しかたないさ」
考えても仕方がない。とりあえず彼は、遠い海の向こうへ、ロンド=ベルへ行かなければならないのだから。