Bay-fmをお聞きの皆さんこんばんは堂本剛です。 堂本剛とfashion&music book始まりました。 まずはですね、『かわっち』さんですが、剛さんこんばんは。 平安神宮の配信有難うございます。 コロナ禍で安全に配慮して下さるお気遣いとても嬉しく思います。 地球が元気を取り戻したら、またライブをいっぱいして下さい。 その時までいつまでも待っていようと思います。 お体お心ご自愛下さい。 空と心は繋がっていますよー。と、言って下さっています。 まあ平安神宮さん今年こういう状況ではありますが、お気持ち繋いで下さいまして、ご縁も頂きまして、ただやはり色々なことを想定しなければいけないので、諦めるという選択もあったのですが、是非という風に仰って下さいました。 そして、僕が日頃から思っている心であったり、言葉にする思いであったり、というものをそのまま沢山の人に届けて下さればとても幸せですと仰って下さいました。 なので、色々なことを慎重に考え、そして動かしながら、その日取りに向かって、日々を過ごし、リハーサルを重ねて、今回はその勿論いつもそうではあるんですけど、より一層という言い方がいいと思うんですが、参加して下さるミュージシャンの方々の思いというか、やはりこの同じテーマ、そもそも僕たちは生まれてそして死んでいくという同じストーリーを最初っから生きていますが、このコロナという状況コロナ禍という状況になった時代を生きることによって、同じテーマを生きているということにより気づいているのが、今の僕たちだと思うんですけど、そんな中でも色々な生き方意見というものがやっぱり主張されてしまって、コロナ禍なのに一つになれない一つになろうとしない誰かを責めたり、誰かに責められたり、そんなことが繰り広げられているなあなんて言う風に思う中で、沢山の業種の方々が本当に危機に追い込まれながら事業であったり文化カルチャーであったり歴史だったり、そういうものに幕を閉じなければならないというような人たちも本当に沢山いらっしゃって、でも僕たちエンターテイメントもそうなんですが、ミュージシャンの方々もそうだし、それをまた支えて下さるスタッフの方々、その方々の仕事の時間というものも、連動して一気に無くなってしまったという状況で、なので、そういう色々な経験を積み重ねながら、平安神宮さんの奉納演奏という日取りに向かって過ごし、その日をまた過ごして、そしてまたその日を後にするという、そしてまた未来を生きているという状況ですけれども。 そんな状況の中で、まあ今年お客様をお呼びするということも可能ではありましたが、やはりその本来の神事というかまつりごとといいますか、沢山の人達がいない状況の中で行うというその景色というものも今のこの世の中に放つメッセージの一つとして日本の文化というか日本人らしさとか、まあそういうものも感じ取って貰えるであろうし、やはり一番に安全というものを考えたいと思ったので参加する全ての人達は検査をして、で、大丈夫でしたということがあった後にお伺いするという形をとり、なのでいつも皆さんがいて下さってるスペースにステージを組んで、そして平安神宮さん全てのエリアを使わせて頂きながら本当に今年しか出来ないだろうという奉納演奏を皆さんにお届け出来たならなという思いで、平安神宮さんの本当に深い愛情というものを僕らは包まれながらの時間だったといういうこうをとても実感していまして、やはりこの表現するていうことを止めた時間が長かったわけですから、そこで、色々なことを学んだり傷ついたり喜びもあったり色んな事がある中で、過ごしてきていたわけですから、色んな思いをもって過ごしてきていたその果てに平安神宮さんの愛があって、その中に皆で飛び込んで包まれながら、色んな一人一人の思いをそこに捧げていくようなそんな奉納演奏になったんです。 なので、いつも以上にバンドメンバーの方々スタッフの方々に自分がこの期間どんな気持ちで過ごしてそしてどんな気持ちを今奉納する今の時代の悲しみも、怒りも喜びも愛も全部含めてどういう思いを表現したいかていうものを皆に問いかけて、それでみんなも皆もそれに答えてくれて、その色々な思いが詰まった詰まったとても大きい愛の時間だったなと思うんです。その大きい愛を更に大きく平安神宮さんに包んで頂けたからこそ、その時間が過ごせたなと本当に心より感謝申し上げます。はい、この後もですね、色々と頂いてるお便りを読まさせて頂こうと思っていますがまずはこちらEverybody say Love聞いてください。
Everybody say Love♪
堂本剛とfashion&music bookここで皆さんのメール紹介させて頂こうと思います。 えー今日はですね、海外今ちょっと海外いくにも大変な状況で今お仕事でね、この状況の中でも行かれる方だったり、或いは海外の方から日本にいらっしゃる方々だったり色んな方々いると思います。 そんな中で海外旅行の思い出というものを皆さんにちょっと送って頂きましたので、そちら紹介させて頂きたいと思います。 えー横浜の方ですね『まみこさん』ですが、私の海外の思い出は、主人と三十年前に新婚旅行で行ったカナダです。 その後二人の娘に恵まれて、偶然にも次女が三年前からカナダのトロントに留学しています。本当ならば娘は九月の初めから二週間ほど一時帰国の予定でしたがコロナ禍で日本に帰国することを諦めました。 その代わり娘は友達とその二週間の休みを利用し、トロントとバンクーバーの間を車で旅行することにしたと。それと娘から沢山の写真が届き始めてその沢山の写真の中にふと見覚えのある場所が。 気になったので30年ぶりに新婚旅行のアルバム開いたところ娘と同じ場所で記念撮影をしている私と主人の写真を発見してしまいました。 思わずびっくりでした。 この後娘から送られてきた写真をきっかけに30年の時を経て主人と一緒に自分たちのアルバムを見返し、薄れてしまった記憶を呼び戻しながら懐かしい思い出を語りました。 娘から送られた写真とも重ね合わせて再びカナダを旅行した気分も味わえました。 なんか不思議な巡り合わせですよね。と んーなんかこういうもんですよね。なんかねー。 なんか分からへんけど、うまく説明出来ひんけど僕の人生でもこういうことていうのかな全く事柄が同じという意味では無くて不思議な巡り合わせですよねというものって、とても多いですよね。うん。 不思議ですよね。なんかこういうことって科学で証明するしないのこう・・うん色々なんかそういう論点でいくと小難しい話になってきたりするのかもしれないけど、うん・・でもなんか、あのいいなと思ったのは30年の時を経てご主人と一緒にアルバムを見返しながら話するみたいな幸せな時間やなあていいなって思いました。うん
そして、『ダンシングフラワー』さんです。ちょっといい話させてもらったというか聞かせて貰った後にいいラジオネームですね。 『ダンシングフラワー』さん懐かしいなあ、ダンシングフラワーって音鳴ったら動くやつですよね多分ね。あれ流行った時買ったけどずっと入れてると結局ちょっとしたことで動くから最初面白いんですけどね、だんだんイライラするからあの電源切られるという非常に可哀想な思い出しかないんですけれども。 大阪の方29歳の方ですけれども、八年前に留学していたということで、ホームステイをしていたんですが、朝ごはんは自分で作るシステムだったので、買ってくれているサンドイッチ用のパンを焼いて適当にバターとかを塗って食べたりシリアルを食べたりしていました。 正直そのパンの味が美味しいと思っていなかったし、シリアルも苦手だったんですが、ホームステイ先の方が用意してくれていたのでそれを食べていました。 食べることは大好きですが、その当時の朝ごはんはお腹を満たすための食事というようなものになっていたような気がします。 留学先の学校の長期休みの際に友達を訪ねるためにスペインを旅行に行きました。 その時に朝ごはんを食べる為に友達とお勧めのカフェに行って、クロワッサンにハムレタスチーズが挟まったものとバラキートという珈琲に練乳を入れた飲み物を飲みました。 えーそれを口に入れた瞬間めちゃくちゃ美味しくって美味しくって涙が目の奥から迫ってきたのを感じました。一口食べて無言で涙目になってる私を見た友達もびっくりしていましたが、食べ物を食べて泣くこと、しかも別に特別豪華なものでもないクロワッサンサンドイッチで、こんなに感動している自分に私が一番びっくりしました。 気付かないうちに美味しいとあまり感じないお腹を満たすためだけの食事をしていたことがストレスになっていたようで、無意識に閉じ込めていたそういう色んな思いが溢れたようです。 それからは朝ごはんだからと軽くみるのではなくて、手間がかかっても出来るだけちゃんと私が美味しいなと思えるものを食べようと意識するようになりました。 忙しくても適当な食事が続いてしまった時その時のことを思い出し、後にも先にも食べ物を食べて泣いたのはこの一回だけだなと感じている。と 泣いた衝撃と私にとって食べることは美味しいと感じることなんだなと気づかせてくれたあの時間を忘れることは無いと思います。と んー・・なんかこう、それこそ食べ物で泣いちゃう感じって、なんやろなあその・・やっぱりこう愛情が欲しいなあとかね、愛って求めるものではないなあと思いながらもね、やっぱりこう傷ついたりもいっぱいするし、そんな中で愛情が欲しいなって思う瞬間とかもあって、だからあの家族になるべくご飯作ってって作って貰ってた時もあって、で、それをまたお弁当箱に入れて現場に持ってって食べてとかやったりして、で、まあ僕もお仕事の帰りが遅いから帰った頃には家族はいないんだけれども、でまたそのお弁当箱洗ってとか家で一人でしてて、で、冷蔵庫開けたら作ったのが取り置きされてて、そういうの見るとこうなんていうのかな涙が溢れてくるていうか泣くつもりも何にも無いのに、その愛情とかぬくもりの深みみたいなもの、そういうものを感じた時にやっぱり涙目になるなあみたいなこと多くて、うん、だから家族に作ってもらった愛情の詰まったご飯を食べるって凄い幸せなことだなあと思うし、今も本当に自炊して一人でただ食べているだけだから、よりそんな気持ちにはなるなあと思うのよ。部分はあるよね。だから地元の産地の奈良産のお米食べたりとか地元のものに触れてちょっとこう気持ちのバランスとってたりするのかなとも思うし。 食べ物とは全く違うけども、それこそ飼っていた愛犬が、ケンシロウが、初めて海を見た時のその景色凄く覚えてて、初めてなんか大海原というものを目の前にして、で、風に吹かれてぼうっと海見てるケンシロウとかを覚えてるんですけど。 だから海って同じようなシチュエーションに立つと、それを凄く思い出して、うーん・・ちょっとなんていうのかな(涙声)うん・・。ちょっとこう苦しくはなるけど、でもなんかそういう存在があるっていうことが、とても幸せなことだなと思うよね。うん・・。 だからこの経験も凄く、あの今後人生長い中で、色んな気持ちを教えてくれる経験の一つだなあと思う。 でね、この経験は、是非大切にされて欲しいなあと思います。
そしてね、最後にね『せば』さんなんですけど海外の思い出が幼い頃に住んでいたフィリピン。 母の国での、数年間ですと。 両親の仕事の都合で、母親とも父親とも離れて祖母に、育ててもらっていました。 言葉も通じない中、毎晩寂しくて泣いていたけれども、その度に優しく抱きしめられては安心感を覚えて眠りにつくという日々でした。と 向こうの学校に通っていく内に、言葉も覚えるようになり、馴染んでいき、周りの暖かさに支えてもらっていたなと今振り返ると思います。 日本に帰ってきてからは何年もフィリピンに帰ることが出来なくなりました。 しばらくぶりに帰ったのは育てていてくれた祖母が亡くなった数日後、それはもう沢山泣きました。 それが小学校三年生の時でした。 そして昨年、何十年かぶりにお墓参りに行けて小学生の時には感じる余裕も無かった祖母の気配をすぐそこに読み取る事が出来ました。 お墓の掃除をしていると、涙が溢れて止まりませんでした。 親族が集まって、元気してる? やっほーとお墓を撫でながらフランクに口々に話しかけているのも日本とは違う文化で私にとっては大切な海外の思い出です。 立てた蝋燭の火が揺れて減りが早かったのはとても印象的でした。 色々あって酸いも甘いも経験しましたが、今も昔も変わらず、日本もフィリピンも私にとっては大切な国です。と この一人一人の人間一人一人の人の中では、えー・・国が違えど、こんな風に、深い思いを持って、生きているていう。 こういうものなんだよなあって、なんかこう、しみじみ思うエピソードでもありましたね。 自分は日本の中ではありますけれどね。 奈良で生まれてね、で、若い時代に、ま、東京という所に、離れて行くわけなんですけど。 勿論奈良が大好きだけど、東京がまた自分を育ててくれた場所でもあるわけじゃないですか。 だからなんかこう・・うん・・それが国が変わって住んでいる人達とか文化とか何もかもが違うんだけれども、これだけ深い思いっていうものをひとは気付くことが出来るじゃないですか。だから本当にこのね今コロナという状況がある中で、よりその自分の住んでいる場所、住んでいない場所関係なくね柔らかい愛で繋がれたらいいのになあて思ったりするそんなエピソードでもあるし、うん、あの蝋燭の減りが早かったのは会いに来てくれたことをとても喜んでいはったからやろなって僕は思いました。うん。 たまたま風がめちゃめちゃ吹いててとかって言うことでもないと思います。だとしたら、火は消えていたと思うから、うん、本当に嬉しかったと思いますよ。うん。 会いに来てくれて。うーん・・有難うってね。それを表現することがね、蝋燭を早く減らすことによって気づいてくれるかなあってやらはったんやと思うんですよね。 だから気づけたんだと思うんですよね。うん。 とてもあのいい意味でね、胸がこう締め付けられるようなエピソードで、やはりこれだけあの愛する人愛する存在ていうものが、誰にもやはりあるわけでね、その誰にもあるという物語をみんなが深く理解出来たら、理解し合えたらね、色んな事はもっともっと無くなるのになあと思うそんなエピソードでもありました。 はい、えー今日はですね皆さんの海外の思い出というものを読まさせて頂きました。 うんまあ今はほんとにね世界で大変な状況の中ですから中々こう気軽に海外旅行行こうなんて行くことは出来ない国内旅行ですらもねなんかちょっとこう気軽にするのは難しいのかなと。まあどういう風に過ごしてどんな場所で過ごすかによってまた変わってくるんだろうなというところではありますけれども、やっぱりなんかこうそういう場所に行くと開放的な気持ちになっちゃうから、こうしたいああしたいどうしても出てきちゃうけど、それこそね、久しぶりに京都行けたなあと思ったから、んーこのお店行ってこのご飯食べたいな、こうしたいな、ああしたいな、色んな事あったけど、それも全部やめてすぐ帰ってきました。 うんまあなんかこう、ね、いずれにしましてもね、時間が経って、また前のように日常が戻って来るといいなとは思うけれども前のような日常ていうものが、しっかりと戻って来るのかというと、ちょっと分からないけど多分今のこの時代の流れにどれだけ順応していくかだと思うんですね。 慣れていくかていうか。 うん、でも今はほんと仕事でこうやって今一人で仕事してますけど、仕事で人と会えるっていうことが、まあ増えたんで、そこでバランスは取れてるけど、ずっと人と会ってないてなった時ちょっとしんどかったもんね。 うーん・・でもこのラジオだったりね、webだったりね、そういうところで、あの繋がってくれている人たちがいるんだというこの安心感とても救われたしね。 これからもだから、まあ色々なことがある時代だけど、まあ如何にバランス上手くとって乗りこなしていくかってことだと思うから、ま、このラジオ通してもね皆さんまた色々な胸の内聞かせて頂いて一緒になんかこう色んな気持ちを見つけるっていうか、あ、こんな風な気持ちで生きていればちょっとhappyかもねって前向きだねと、まあそういうようなこと色々とお互いに見つけられたらなあなんていう風に思っております。 まだまだ皆さんからの様々なメールを思っております。 メールの方は tsuyoshi@bayfm.co.jp です どうぞよろしくお願い申し上げます。 さ、先月になりますけれどもね9/16からLove Fadersこちらの方もね、あのデジタル配信チェックまだされてないていう方ご興味ある方チェックされてみて下さい。 最新情報などがtsuyoshi.in https://tsuyoshi.in/ こちらの方で最新情報などはチェックして頂ければなあという風に思っております。 さあそれでは、えー今日はこちらヒトツを聞きながらお別れしたいと思います。 堂本剛とfashion&music bookお相手は堂本剛でした。 それはでは皆さんまたお会いしましょう。 おやすみなさい
ヒトツ♪
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2020/10/03
by 咲楽 [606]
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