堂本剛のラジオ

#13
FMOSAKAをお聞きの皆さん、こんばんは、堂本剛です。
さー、堂本剛のラジオのお時間でございますけれども、今夜もですね、
Shamanippon shipの楽屋からお送りしてまいりますが、
えー、この番組はですね、shamanipponラカチノトヒというアルバムを
リリースいたしました私堂本剛がですね、このアルバムをひっさげて、
ツアーをやっておるわけでございますけれども、
そのツアーとも連動いたしましてですね、今堂本剛が伝えたいこと、
などをですね、語る番組ということでございまして、
期間限定3ヶ月間のですね、えー、ラジオとなっております。

ま、好きなことしゃべってどんどんどんどんやってきたわけですけれども、
いよいよ今日が最終回ということになってしまいましたが、
えー、皆さんからですね、頂きましたメールご紹介しながらですね、
ツアーを通じて、そしてプライベート
さまざまな僕が今感じていることをですね、
あるいは、これから、どんな風にまー、人生生きていきたいとか、
まーいろいろなことをですね、最終回でございますから、話していけたらなと
出来る限り、時間余す限りね、ある限り、しゃべっていけたらなと思っております。

皆さん最後まで聴いていただければなというふうに思っております。
それではですねー、えー、「縁を結いて」こちらを聴いて頂きながら、
今日は、スタートしましょう。どうぞ。

♪縁を結いて

(CM 近鉄電車)

改めまして、こんばんは、堂本剛です。
さ、shamanippon shipの楽屋からお送りしております、堂本剛のラジオ。
3ヶ月間限定というこの番組でございますけれども、
早いものでこの今日がですね、ラストとなってしまいます。

えー、ほんとに全国からですね、メール、お葉書、手紙さまざまなかたちで、
メッセージいただきました。ほんとにありがとうございます。
えー、最終回の今夜もですね、あなたからのメッセージ紹介させていただきます。

まずはですね、えーこちら奈良にお住まいの方です、えー、ラビさんですね。

「剛さん、今晩は。先日ライブに参加させていただきました。
素敵な音や空間をありがとうございます。
ラジオやイベント、そして、ライブでも剛さんが言っていたことが今も私の胸に残っています。
えー、去年の震災では、友人が被災し、今も大変な生活を送っています。
でも、友人は今必死で前を向こうとしています。
辛いとき友人は音楽を聴くそうです。
好きな音楽を聴くと心が少し落ち着くって、言ってました。
私も辛いとき、音楽を聴きます。
もちろん剛さんの曲もいっぱい。
確かに心がすっとするんです。
それはとても不思議な体験です。

今回私は、剛さんのライブに行って改めて、音楽のパワーを感じました。
剛さんが言っていた、音楽に救われたってゆう、ことはこうゆうことなのかな?とも思いました。
これからも剛さんが思う命の歌をたくさん私たちに届けてくださいね。」というふうに言ってくださってますね。

ま、お金とかね、えー、ほんとにいろいろなことの問題もあるんですけれども、
やっぱり、その人の心のケアだったり、人の心が少しでもね、
えー、前に向いて歩いていけるようにってゆう、
ま、そうゆう音楽は、ほんとにそのう人の心を救う作用が多少あるだろうなとゆうか、うーん。

それは、多少っていう言葉をあえて使いますけれども
自分のために書いてても、人を救うことだってあるっていう、
不思議なものだったりもするんですよね。
だからほんとにその、人の心を救うんだとゆうことを信じながら、
いつも作ってきておりますけれども。

でもほんとにね、そうゆう辛いときにえー、ちょっと苦しいときに、
自分の音楽を選んでくれる人が居るんだなと思うとね、
自分もこれからもまっすぐに素直に命の歌を歌っていけたらなとゆうふうに思います。
ほんとにありがとうございます。

さ、そして、続きましてはですね、
大阪のスーパーつちのこランドさんですね。

「私は、大阪で日本史を学ぶ大学4年生です。4回生です。
卒業論文の研究をしながら、あるいは、受験勉強しながら、剛さんのラジオに耳を傾けています。
剛さんのラジオには、いつもいろいろと考えさせられるところがあります。
6月20日の放送で、剛さんは、もう一度昔の日本人のことを考えなければならないというようなことをおっしゃっておられました。
私もそのことに非常に共感いたします。

子どもの頃の私の日本を学び始めたきっかけは、本当のことを知りたいという好奇心からでした。
ですが、最近悶々とするところがあります。
それは私がどんなに日本の歴史を考えても果たしてそれが、誰かの役にたてるのだろうかということです。
つまり、私にとって、歴史を学ぶことは純粋に好きなことであって、
そのことで人様の病気がなおったり、おなかがいっぱいになったりしないということです。
そんなことを考えたら、自分があまりにも無力で悲しくなりました。
剛さんは誰のために、昔の日本人を省みるべきだとお考えですか?
これからもずっと応援しております。」

や、これは、はっきりいって未来人のためですよね。うん。
あの、僕のためではないですよ。
あの、今の現代人のためではなくてですね、未来を生きていく人のために、
今の僕たちが、過去を学ぶべきタイミングの人たちなんだと思うんですよ。うん。

いわゆるだから、平和で平凡でですね、日々が進んでいますと、
えー、そうゆう状況の今であればですよ?
別に勉強する必要はないかもしれないですね?

で、ただまー、昔の日本人の、なんてゆうんですかね、
例えば、色の話をすると、
さまざまな文化が入ってくることによって、
白、黒、赤、黄色ってゆうふうに、色がどんどんどんどん、へっていっちゃう?ってゆう、
スタンダードな色ってゆうのが、
どうしてもその海外に合わせていっちゃうと、
種類減っていっちゃうんですよね、

でも、日本に合わせていくと、桃色とか薄紅色とか、朱色とか、朱赤とか、ま、そうゆうセンシティブな繊細な色ってゆうものを、昔の日本人は作りながら、表現してきてますから、
あるいは、水墨画っていう世界があって、白と黒とグレーとグレーよりもっと薄いグレーとか、えー、そうゆうような色を使いながら、あのー、奥行きであったり、光と影というものを表現してきてますからー、
なんか白と黒の間にある色ってゆうグラデーションをですね、うまく作ってたのは、日本人だと、僕は思うんですよね。

で、それはー、色だけではなくて、心もそうだと思いますし、
言葉もそうだと思うんです。
音色もそうだと思うんです。
ただ、そのセンシティブな部分ってものをどうせならば、勉強する、学ぶ、ってゆことが、あのー、僕は今おすすめ〜なんですよ。
僕の中で単純にね。

僕は、まず、日本史を単純にふるさとを勉強したいってゆう、僕は逆に言えば、日本はあとなんで、うん。
自分が生まれた奈良ってどうゆう場所なんだろうなーっていうのを、勉強していったら、日本の勉強なっていっちゃったという、

なぜならば、日本の中心だった場所ですから、
「あーこんな昔の日本があるのかー」
「あっ!漢字の愛って、分解したら、”あ“と”い“になって、
”あ“にもこうゆう意味があって、”い“にもこうゆう意味があんのかー」ってすごいなーって、

ということは、僕らは、言葉を簡略化しちゃってるから、漢字が入ってきたことによって。
あー、意味っていうものは、ずいぶんはきちがえてはいないんだろうけれども
何か少し角度を変えて、違う意味になって、愛って言葉を僕たちは、今認識してるんだなーとか。

その、ひもを結ばれたものを一回ちょっと紐解いて
漢字から、ひらがなにして、
えー、意味を捉えるってことも大事な時期に入って来てるんじゃないのかなーっと。

僕たちの言葉って、もっとセンシティブで繊細やし、美しいし、うるわしいし、はかなくて、きらびやかやでー、みたいなことを僕たちは、もう一度理解しなおすべきなんじゃないのかなーとか、そうゆうふうに、なんか俺は思うなーっと言うところで
どんどんどんどん僕はきてるわけなんですけど。

誰のために?って言われたら、
これは未来を生きていく人のためでしょうね。

さーということでございましてねー、
えー、ま、ここで、自分のためになんか作ったようなもんなんです。
自分を励ますためになんか、作ったような曲なんですけれども
これを聴いて、ライブでもそうですが、人が涙を流し、
えー、なんかこう僕の方を見てくれているってゆうのがね、
すごく何かこう胸が熱くなる。

なんか自分のために書いてんけど、人を救うことが出来てるんだろうなーってゆうふうな景色がね、ほんと連日のように自分の目に飛び込んできているわけでございますけれども。
音楽の力は、ほんとにいろいろ自分でも想像超えるようなところに
飛んでいくときがほんとに多いなーというふうに思います。

堂本剛のですね、shamanipponラカチノトヒのアルバムの中から、
堂本剛で「きみがいま」聴いて頂きましょう。どうぞ。

♪きみがいま

堂本剛が、FMOSAKAさんからお送りしております堂本剛のラジオ
ここからはですね、毎週1曲、僕が今ですね、歌いたいと思っている、命の歌、最終回の今夜でございます。
最終回ですので、セレクトしたのは、やはりこの方の名曲ですね、
えー、スライ、えー、スライストーン、
スライ&ザファミリーストーンのですね、「STAND」。

ま、この曲は、ほんとにライブ前もよく聴いてます。
うん、ガンガン聴いたり、
するとこうなんかテンション上がってくるんですけれども。

もう、この曲の発表が1969年なんで、僕が生まれる10年前なんですけれどもね
あの、ベトナム戦争への抗議も含めて、ま、その自分の信念のために立ち上がり、行動することの尊さという、ま、これを説いたような曲ですねー。
う〜ん。ま、自分が信じるもののために立ち上がれと、
自分がそうであって欲しいと願って、うん。。

なんか、今の日本にも通じるんですよねー。
その、正しいことはわかってるんですよ、否定するやつは。
でも否定しちゃうと、自分都合悪いんでー、否定しなきゃいけないってゆうね、
なんか、ほんとに、うううんと、今の日本にも、いえるようなことなんじゃないかなーって思いますが。

スライってねー、なんなんでしょうねー。
なんか、、、なんかくれるんですよー。う〜ん。
僕だけじゃないんですよね、ほんとにねー、
太陽の似合うファンクって、土屋公平さんが僕に教えてくれたんですよ、スライを。
「ファンクって、すごいどろどろした、なんか雰囲気持ってるでしょー」って、
「でも彼らはね、太陽が似合うファンクなんだよー」って。
ぅお〜!みたいな
なるほどーなんて。

それでスライってもの聴きはじめて、どっぷりはまっていっちゃったってゆうところなんですけれどもね。

いやー、やっぱりねー、なんなんでしょうなー、
うらやましい、ほんとにこの定義を持ってるっていう、
DNA持ってるってゆう、ほんとうらやましいでございますわ。

ま、でも、この人がいたからー、僕もなんかファンクやりたいって、なんかそうゆう気持ちが強くなって、ね、きたわけですけれどもー。

ま、実際、過去にはねー、ラリー・グラハムとも、やりたい!なんて言ったら、
夢がかなったし、うん。
でも、ま、今、もっかいやりたいですね。
ってか、もう、グラハムもそうですしー、
スライもそうですしー、
バーニーともやりたいですし、ブーティともやりたいですねー。
えー、いろいろな欲が出てきちゃうから、

でも実際、バーニーもブーティもスライも、あとジョージ・クリントンも
会ってますから、実際面会しましたしね、
とにかくー、そうなる日は近いんじゃないかって。

あのドラムの豪太さんがあのー、バーニーと友達なんですよ。うん。
そうゆうのもあって、いつかバーニーとやろうと。
shamanipponの最初のファーストアルバム、バーニーとやろっていう話しまできてたんですよ。
日本にライブで来てたんで。
やっぱちょっとなかなか時間なくてね、むずかしかったですが。

これはもう僕、ちょっとあきらめずに、いつかやりたいと思いますけれども。
まーちょっとこのスライのことはね、語りだすと止まらないので。
早速曲のほうにいきたいと思いますけれども。
ま、ほんとに、この最終の、僕のファイバリット、ミュージシャンとしてね、文句なしのスライ&ザファミリーストーンのですね、「STAND」聴いていただきましょう、どうぞ。

♪STAND/SLY&THE FAMILY STONE

(CM 近鉄電車)

えー、3ヶ月間に渡ってお送りしてきました、堂本剛のラジオでございます。
最終回もね、いよいよエンディングでございますけれどもね、
(BGM ♪SUNK you)
まー、そのうーね、自分が思うことってゆうものを全て伝えれたわけじゃないかもしれないけれども、その自分が今伝えたいということを伝えていかないと
あのー、なんかやっぱり人生じゃないと思うし、
なんか、未来の人のためには、違うんじゃないのかなーって。
なんかそんなことは、伝えられたかなーなんて、思いますけれども。

ライブもね,えーー、ま、ほんとに最後まで、まー、楽しむしかないなというね。
もう残すところ、とにかく自分らしく楽しみたいなと思うし、
ほんとにその、ふるさとの奈良の近隣の方々にもほんとにほんとに協力してもらったので、
ものすごく感謝してます。

たぶん、奈良の人からも、いろいろな誤解とか、あの、違うなんかこうイメージって、あると思うんですね。
やっぱりどうしても、テレビとか、ま、僕のキャラクターも含めてー
あのー、いろいろなずれもあるかもしれないなーとは思うんですけれどもね。
実際ならまちなんか散歩してると、あの、理解してくれてる人たちがたくさんいるのは、知ってるんですけどー
やっぱりなんかこう、うん、なんで、奈良でやってるかっていう、理由とかね、
えー、やっぱり東京に1回出て、自分が生まれたふるさと奈良ってゆうもの、こんなにすばらしいものなんだってゆうこと、再確認したってゆうのもあったし。
それをね、あのー、奈良の人にも伝えたいってゆう、気持ちのほうがおっきいんですわ、ほんとは。

あのー、東京とか、世界とかってところに向けて、
奈良ってものを投げたいっていう気持ちもあるけど、
でも、一番はね、やっぱりその、奈良の人に、
「おれ、奈良こんなに好きなんですよー」って、言うのを伝えたかったです。

ほんと、例えば、かっこつけたりとかねー、
なんかこういろいろうまくいくためには、東京でやったらええやんってことかもしれないですけれども、それは、あえて、奈良でやりたかったんですよ。
ふるさとに誇り持ってるしー、ふるさと好きやしー。

ふるさとっていう、キーワードはね、やはりそのう、
震災のこともあって、なかで、
たくさんの人が考えたと思うんですね。
でー、これからの僕らの未来とか、
これからの僕らが今をどうゆうふうにして、生きていくかとか、
今にたどり着くためにあった過去って、どんなものだったんだろうかとか
いわゆるその現在というものをね、あの、考えるにあたって
やっぱり、ふるさとって、重要なポイントなんですよ。

人間やっぱりこう、一回迷ったら、ふるさとに戻るじゃないですか?
原点に戻るじゃないですか?
だから、ほんと日本ってゆうものは、原点に戻らなければいけないほんとタイミングなんだなーとも思いましたしね。
なにかこう、自分がふるさとという、原点に戻ってですね、
うーん、ほんと、なんかさまざまなこと考えたいなって、ゆうふうに思ったんですよね。

まー、とにもかくにもこのほんとに、
僕の素直な、熱きまっすぐな思いをですね、
最終日まで、大切に持ちながら、えー、楽しみながら、
えー、いきたいなというふうに思っております。

えー、残りわずかではございますけれども、
ぜひお越しの際は、近鉄電車さんでいらしてください。

では、そうゆうことで、3ヶ月間期間限定でお送りしてきましたねー、
このー番組、みなさん、ほんとにお付き合いくださいまして、
誠にありがとうございました。

えー、ラジオってゆうものをね、う〜〜ん、僕ははっきり言ってまー、好きみたいです。ね。

あのー、言葉の力ってゆうもの信じてますし、
なんか大事だなと、すごく思います。
言葉とゆうよりかは、言葉というものは、
やっぱり心の中にあるものをリアライズするものでもあるしね、
えー、ほんとになにかこう、言葉の力ってもの信じてるし、
ラジオの力ってもの、ほんとにまだまだあるなーと。

これだけいろいろ進んできてる今ですけれども、世の中ですけれども、
ラジオの力ってものはほんとにすごくあるんだなというふうに
今痛感しているものでしたので、えー、期間限定ではございましたけれども、
やっぱりね、自分の今こう思っていることって伝えられる場所っていうものが、
えー、少しの間ではありましたけれども、ひとつまた増えたとゆうことは、
ほんとに自分の人生経験の中で、
えー自分の人生の中でほんとにね、大切な時間だったんだなと、
今もあらためて思っているところでございます。

みなさん、本当に少しの間ではございましたけれども、
ほんとにお世話になりまして、誠にありがとうございました。
心から、感謝申し上げます。
(BGM♪I’m you You’re me)
よう、しゃべりましたね。
えー、少しでもね、自分が成長したんだというふうに自信を持ってですね、
えー、また明日からもあらためて、まっすぐに生きていこうと自分らしく生きていこうと思います。

みなさんもいろいろえー、生活の中でほんとにたくさん苦しいことや
乗り越えなきゃいけないこと、
たくさんたくさんあるとは思いますが、
えー、ぜひ、えー、自信を持って、自分らしく、ありのままに、
一度きりの人生を悔いなく、勇気を待って、楽しんで、
生きていってほしいなというふうに思います。

さ、ということでございまして、
みなさん、またどこかでですね、お会いするかも知れませんので、
えーまー、道端で会ったりもするかもしれません。
気軽にどうぞお声掛けしてください。

ということでございまして、みなさん、ほんとに本当にお世話になりました。
お相手は、堂本剛でしたー、ほな!


記入者:ochan 2012年07月25日(水) No.18 (ラジオ)

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